「クラシック音楽のコンサートは満席にしても良い」という“お上”からの御達しが出た。それについての是非はともかく、プロオケにとっては取り敢えず嬉しいニュースであろう。

そんな世間の状況を他所にして、ウチのGフィルの場合はとりわけ慎重だ。他のオケがお客さんを入れて既にコンサートを再開している中、G大は協議に協議を重ね、遂にこの度キャンパス内の奏楽堂にて「試演会」を決行。COVID-19を齎す新型ウィルスという見えない敵が蔓延る中、如何にして演奏会を開催していくか、言わば緊急の一大プロジェクトである。

事前連絡

8月某日、先ずはスケジュールとプログラムの連絡が来る。9月の第2週、元々モーニングコンサートが入っていたのだが中止になってしまった日時だ。曲目はウェーバーのピアノ小協奏曲とベートーヴェンの「運命」全楽章。指揮者とソリストはお馴染みの同大学教授陣。こちらもFl.パートの曲ごとの乗り番を決める。
後日、パート譜がPDFファイルで送られて来る(正確には各自ダウンロードする)。普段なら奏楽堂に置いてあって各自が適宜持ち出して行く物だが、これも感染防止の為だ。

リハ開始の数日前から、今度は毎朝検温をし、それを報告しなければならない。これもWeb上のフォームがちゃんとできている(プルダウンメニューにちゃんと今回の出演者名が出てくる)。

そしてリハーサル

検温報告とは別に、奏楽堂入りすると早速スタッフによる検温チェックがある。消毒用アルコールは館内の至る所に設置されている。管楽器奏者は「結露水」処理の為のビニール袋と吸水シートが配られ、そして楽屋へ。楽屋では、というか奏楽堂内ではもう自分の指定席が(早い者勝ちで)決まれば、もう他の席には移動できない。名札を貼るので誰の席かは判るようになっている。当然席同士は離れている。舞台裏施設の頗る狭い奏楽堂だが、ちゃんと人数分はできているようだ。

舞台では奏者同士の距離は1.2〜2mに間隔が開けられ、弦楽器奏者も譜面台は1人1本ずつ。今回降り番の多い自分は、そんな全体を客席側から眺めてみたが(目が悪いせいもあり)殆ど違和感はなく、いつも通りに見えた。因みに今回は客席も着席NGである。消毒業者によれば「1席幾ら」という料金だそうな。

普段は出演者達の寛ぎのスペースも、今回はこんな状態。個人用指定席が壁に向かって設定されている。

今回、自分の出番は「運命」の第4楽章のピッコロのみである。普通ならウェーバーの2nd.Fl.にも乗ったりするのだが、それだと曲毎に席を移動しなければならないので、今回は避けておいた。実際、ホルンセクションには移動があったが、そうなるとスタッフが椅子と譜面台を丸々交換していたので、かなり手間がかかっていたようだ。

ところで前記事にも書いたが、座奏の場合フルートの飛沫はどうやら譜面台を飛び越えることはなく、下方に飛ぶようである。なので自分は今回透明シートを適当な長さに切って譜面台の下辺に取り付け、帰る時に消毒。もしかしたらこれは他の管楽器にも必要かも知れないが、まあ強制はできない。

飛沫防止の透明シートをクリップで止める。指揮者もマスクをし、マイクを使って喋る。

そして本番

指揮者のT先生曰く、マスクの脱着は本番でも自由との事。確かに本番では奏者は喋らないが、今やマスクについては最早本番でもどちらがマナーなのか判らない。なので、自分は第3楽章までは付けていた。因みに指揮者とソリストは本番では外し、弦楽器の人達はまちまちだったか。

そして開演。千席以上ある奏楽堂だが、今回はほんの50人程が来場。しかも正確には「お客様役」のG大の職員等。勿論間隔の開いた指定席。ちゃんとリハがあったから勿論バリバリの真剣な演奏、両曲共盛り上がった。盛り上がったが、50人では大拍手でも寂しいのは仕方ない。「ブラボー」すら言えない状況である。そんな中、学長さんが一人でスタンディング・オベーションしていたのがとても印象的であった。

そして今後は...

この試演会は、今後この状況下でコンサートが安全に開催していけるのかという、大切な催しであった。主催者・スタッフ・楽員・そしてお客様から様々な意見を聞き、協議しながら今後につなげていく。そういう意味では実に有意義な時間であった。スタッフの方々にはとても感謝している。

ただ、だからと言ってすぐにマーラーや第九などがドカンとできる訳ではなく、それについてはとても慎重である。暫くはまだまだ、小編成や無観客配信などの試みが続くであろう。いよいよ「満席OK」とされる中、その点は他の商業オケよりも慎重過ぎるようにも思われるが、「感染者を絶対に出さない!」という確固たる姿勢が表れていると思う。

尤もGフィルの場合、お客さんが少なくて拍手も疎らという状況は何も今に始まった事ではない。指揮科の学生による学内演奏会や卒業演奏会等では既に何十回も経験しているし、20年以上昔に外のホールで定演などやっていた時もそうだった。そもそもGフィルは教育の為のオーケストラであって、チケット収入のみに頼っている訳ではないから、そこは割り切っていかねば。特にこれからは。

フルートを吹く際に飛沫が拡散しないようにという目的で、この度某楽器店が「セーフティガード」なる物を発売したので、早速買って検証してみた。

パッケージには分解された状態で入っていて
組み立ててから付属のシートを被せていく

驚いたのは値段で、これで税別3,000円もする!“百均”で買えそうな代物だが、まあ形状とかサイズとか楽器へのフィット感とか、いろいろ研究と努力の結果の価格なのであろう。

付属のシートは10枚入っているが、30枚で税別500円というパッケージが別売りされている。まあ、被せる形でなければ、自分でも何か代用品が作れるかも知れない。

さて、早速これを頭部管に付けて吹いてみる。

装着の際、角度に気を付けなければならない。結構強い力で管に纏わり付いているので、調整しようとすると頭部管も一緒に回ってしまう。このシートではどの辺りに飛沫が付着するのか判らないので、丁度良い角度が決まらない。

そこで、このシートの代わりに商品が入っていたセロハンを同じ大きさに切ってはめ込み、一通り吹いてから飛沫の跡を検証してみると…意外と飛沫は下の方に飛んでいた。

赤い印の所に集中していた

これに合わせると、前から見て唇が隠れる程上げなくとも良い事が判明した。勿論唇からシートまでの距離は気道を邪魔する程近くもなく、発音にも影響はない。強いていえば、高音やPPの時に顎から首にかけて風が当たるのが面白い。これはこのシート面に当たった息が、アーチ状にはね返って来るもので、冬には寒いかも知れない(笑)

前面から唇が見える位まで下げても大丈夫

ともかく、これで発音時の飛沫シャットアウトという効果はあると思うが、実演に於いては致命的な欠点がある。それはもう、付ける前から薄々解っていた事だが、楽器の響きがかなり減少するのだ。頭部管の先端部分は実は楽器の響きを作るのにもの凄く大切な所である。メーカーも多分そこは心得ていて、楽器との接点部に相当気は遣ったと思うが、その精一杯の結果がやはりこれだ。

まあ、これを装着するのはレッスンとかアンサンブルの練習とかに限られるであろう。ウィルス拡散防止の為に、昨今はリハ会場やレッスン室でもアクリル板やビニールシートが設置されるようになっているが、万が一そういう環境でない時の緊急用として携帯ておくと便利、という程度か。

という訳で、検証結果をまとめてみる。

  • 【利点】
    演奏時の飛沫のシャットアウトができる
    脱着が簡単
    ちょっとしたスタンドにもなる
    軽量なので分解して携行できる
  • 【欠点】
    楽器の響きが止まる
    コストパフォーマンスが悪い
    見た目がみっともない

ただ先述の通り、これを試した事で飛沫の飛ぶ方向が解ったのは収穫だった。そもそもどんな楽器でも、より響かせる為には「なるべく触らない」というのが極論である。なので今度この「飛ぶ方向」を踏まえて「楽器に装着しない」別の方法を、自分でも考えてみようと思う。

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COVID-19の感染第2波の真っ只中だが、徐々に対面レッスン再開の世の中である。

自分が講師を務めている「MFLC」では7月に再開された。しかし感染防止を徹底する為、以下の対策がなされている。

通常は曜日あたり7〜8クラスだが、それを半分の4クラス程度に抑えている。何故なら、生徒さん1人のレッスンが終わる度毎に部屋を替えて換気をし、そのため講師1人につき2部屋が必要になるからだ。
部屋から出たら、それまでに使っていた部屋はスタッフさんが徹底消毒してくれる。毎回毎回、大変な作業で敬服する。
従って各クラス共に、レッスンは隔週で。それでも最近は二週間なんてあっという間に感じられるようになってきたが。

講師・生徒共に「検温」がある。先ずこのレッスンセンターのあるビル自体に入る際に(ちょっと強い口調の)自動検温機で1回、次に受付でもう1回。37.5度以上はNGだが、尤も別にコロナ禍でなくとも、そんな体調の悪い人には無理してレッスンには来てほしくないものだ。

そして入室の際には手洗い・うがい励行、またアルコール消毒液も常時置いてある。

各部屋にはビニールシートの仕切りが設置され、受付にもアクリル板が。待合室の椅子には離れて座るよう注意書きがされ、生徒さん同士が対面しないようにセッティング。
自分の場合、生徒に何かアドヴァイスをする場合は伸縮自在のポインタで遠くから楽譜を指し、注意書き用の筆記具も生徒さんとの共有は避けている。
レッスン中でも自分は、自分が吹いて見本を示す以外はマスクをつけて喋っている。兎角レッスンセンターの冷房はキツくて寒い位なので、マスクが暑苦しいということはまずない。

しかしながら、今のところはこれで何とか順調にやっていけるものの、生徒さんの技術レヴェルによっては限界もある。例えば全くの初心者の場合、姿勢・楽器の持ち方・マウスピースの角度や唇の形等を指導する際には、この「ディスタンス」がかなり弊害になるであろう。

オンラインではない、折角の対面レッスンなのだから、こういう場合の最善の方法を自分としても考えていかねばならないと思う。

とにかくこのように、ここの感染防止対策は徹底していて素晴らしい。コロナだけでなく、インフルエンザとかノロとかもまずここでは流行ることはないだろう。

だが一方、以前は賑やかで笑い声も聞こえた待合室も、今では何だかひっそりしている。そのせいか、照明はいつも通りの筈なのに、何となく薄暗くなった感じが否めない。

「音」を「楽」しむと書く音楽、やはり音楽は楽しい気分の中で作り出されていくのがいい。早く元のあの明るく活発な“空気”がここに戻ってくるような世の中になってほしいものである。

今日は父の命日であるが、同時に菩提寺の施餓鬼会の日でもある。つまり、毎年8月13日は直接お寺にてお経をあげながら、同時に亡父を偲ぶ事ができる。1年365日の中でも、ドンピシャな日に亡くなってくれたものだ。だが今年は…

今年の施餓鬼会はかなり規模を縮小して行われるそうだ。理由は言わずと知れた例のウィルスである。毎年、菩提寺の本堂は多くの檀家さん達が集まって所謂『三密』状態になるので、今年は原則として今年新盆を迎える檀家さんのみ。それ以外はできれば御墓参りのみにして欲しいとの事。

至極もっともである。仮にお寺から何のアナウンスがなかったとしても、今年はあんなに人が集まる所には行きたくない。

いくら野外でも灼熱の炎天下、マスクをつけてせっせとお墓の掃除なんて、考えただけでもクラクラする。

なので今年は、今日行くのはやめにした。例年だと自分達家族と、妹一家とで出席して、帰りに小洒落た洋食屋で美味しいランチを堪能してから帰るのだが、今年はつくづく寂しいものだ。

つまるところ本日は「迎え盆」なのだが、両親にとっても今年に限っては下界には降りて来ない方が安全というものである(笑)申し訳ないが天国にて大人しくして頂こう。

…あれから14年か…

14年前の今日は大変な一日だった。救急車を呼んだり、家族や妹を呼んだり、葬儀屋さんと打ち合わせしたり、、、

何よりキツかったのは親戚への連絡だった。父は兄弟からもの凄く慕われていた。その豪快かつ曲がった事が大嫌いという性格故、親戚中の人気者だった。その一人一人に訃報を伝えなければならない。電話で伝える度に、向こうのショッキングな空気が痛い程こちらに伝わってきた。

既に母は他界しているので、喪主は自分だ。当時43歳。遠路はるばるお越し頂いた親戚の方々を前に、悲しむ隙もない程緊張していた。できればこんな役はやりたくないものだが、人生、避けては通れない道というものもあるものである。

現在はその親戚からも既に訃報があったり法事があったりで、つくづくこの時の流れを痛感している。

加えてこのCOVID-19。何にしてもおいそれと人が集まれない状況、増してや地方の親戚には会うことすらままならないとなると、何とも不安でたまらない世の中である。自分の叔父・伯母等は当然ながら皆高齢者。もう二度と会えないなんて事にならないよう、早期の収束を真に願う次第である。

TIBIA(ティビア)木管五重奏団。自分が30代の半ば位まで組んでいたアンサンブルだ。確かハタチの頃、G大の同期生同士で結成し、学内学外のコンサートに出演し、室内楽コンクールで入賞もしている。各メンバーは現在プロオケや大学教員等、それぞれの分野で活躍している(因みに当時のファゴット奏者は、昨年リリースしたCD『クロイツェル&フランク』のディレクターである)。

TIBIAの5人は普段もとても仲が良く、大学ではよく昼食を共にし、呑みに行き、そして合宿もした。合宿とはいっても、その殆どは呑んでばかり遊んでばかり。一応楽器は持って行った、という程度である。当時の合宿所は群馬県片品村にあるこのファゴットMの別荘がメインだが、彼の伯父さんの別荘というのも使わせて頂いていた。こちらは北軽井沢にあり、どちらにしても衣食住は自分達で賄い、それなりに楽しかった。

別荘の前の道路にてスリル満点の合奏をしてみたり…

さて、自分がG大を卒業した1985年の 8月の或る日。我々TIBIAはこの北軽の別荘の方で避暑に行っていた(最早“合宿”とは呼ばない)。この別荘にはTVが無く(正確には立地上TV電波が入らない)、外部からのメディアといえばラジオのみ。それもNHKしか入らない。スマホもネットも無い時代、なのでなんとなくこの「NHK第1放送」をBGMに酒を飲んでいたが…

今日はやたらとニュースばかり流すなぁ…と漸く耳を傾けてみると、アナウンサーの口調は静かなのに内容が衝撃的過ぎた。「羽田発大阪行きの日本航空123便ジャンボジェット機が群馬県の御巣鷹山に墜落しました。現在生存者は4名、客室乗務員の◯◯さん、小学生の◯◯さん…」耳を疑い、メンバー一同絶句していた。その後の自分達の事はあまり覚えていないが、帰京中の関越道からはおびただしい程のヘリコプターが飛び交っているのが見えた。きっとレスキューや報道のヘリなのだろうな。

あれから今日で35年。自宅に着いてからのTV、新聞、週刊誌などにはショッキングな画像が連なっていたのは今でも忘れない。生死に関わらず、あの便に乗っていた方々の恐怖は計り知れないものであっただろう。自分だって飛行機に乗っている時、特に離着陸の時には幾ら何も無くても一瞬緊張するし。

だが仮に、今日一日ネットもTVも何も観ていなかったら、この日の事は忘れていたかも知れない。どんなに悲惨な事故でも、このように35年という歳月は風化や忘却をアシストしてしまいそうだ。しかしそんな中…

最近我が家のまさに真上を旅客機が低空飛行するようになった。午後3時から6時位まで、何分かおきに「ゴーッ」という轟音が空に鳴り響く。令和2年度より開始された「羽田着陸の新ルート」だ。実はこのルート、操縦士にとってはかなりのプレッシャーで、着陸時の角度がそれまでよりもキツイらしい。

今やジャンボジェット機はとても安全な乗り物と言えるかも知れない。しかし一方、自分の中に(あんなに重い物体が浮く筈がない)という概念が残っている以上、くれぐれも自分の家に落ちてこない事を祈るばかりである。

荒木飛呂彦さんの人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の第5部に出てくる“ラスボス”の能力は「時間を数秒消し飛ばす」事ができて、その間に攻撃できるという恐ろしいものである。現在の自分はまさにその「数秒」どころか、数ヶ月が一気に消し飛ばされたような感覚だ。

いつの間にか今月も半分過ぎているではないか。自分が何か仕事した記憶といえば、あの「偉大なるオーボエ奏者」の記事にあったブラームスのVn.協奏曲の時で、あれ以来5ヶ月もの間ステージに立っていない。

確か今日もモーニングコンサートで、初の箏曲の伴奏の本番があった筈だ。数えてみると今日までに出演予定だった15公演が消え、この先も実質9月一杯はキャンセルとなるであろう。

新型コロナウィルス感染症COVID-19は、例年自分に関する様々なイヴェントを消し去ってくれた。小中学生の為の音楽鑑賞教室・受難週音楽礼拝・春合宿・夏合宿・吹奏楽コンクールetc…とにかく人が“集まる”ものは総て中止、淋しいものである。

元々自分は出不精なので、そうなると本当に不要不急の外出はせず、殆ど自宅で音楽研究・作編曲・そして音や映像の編集等をしていてその成果をサイトで公開もしているが、とにかくこれが逆に忙しい。しかしながらそれらの事をしていた経緯が、今となっては夢の中の事のように思えてならない。外で仕事するよりも家に居る時の方が、時間の経過が遥かに早く感じられ、一日一日があっという間に過ぎてしまい、そのペースについていけないもう一人の自分がいる。今日現在は梅雨明けの兆候もなく、肌寒ささえ感じる雨空が続く。そのせいでもあるのか、体感的にも夏が来たという感じがしない。朝起きて「今はまだ5月位かな?」なんて思いながらカレンダーを見て「え!?」と驚く有様である。

国内では「緊急事態宣言」が出され、延長され、そして解除された。解除されたらまた感染者が爆発的に増えた。そんな中で先のイヴェントが秋以降、いや来年以降でも復活する見込みはあるのか?感染拡大も恐ろしいが、同時に危惧されるのはイヴェントの中止に伴うモチベーションの低下だ。子供も大人も。「家で頑張る」のにも限界があるだろう。なんとかそれを防がねば、早いとこ復活してくれなければ…つくづく思う今日この頃である。

あれから10年も経ったのか…

日曜大工が趣味で家の中のいろいろな物を手作りしていた自分だが、最近はあまりやらなくなった。というのも、別に作る物がなくなっただけで、強いていえば修繕とか塗り替えとか、そんな程度。それに何よりも「作る」対象が「家具」から「曲」に移ってきて、本腰入れて日曜大工をする程の時間が次第に少なくなってきた事にも因る。

そんな中、自宅のすぐ近くにあるホームセンターが今日を以て閉店してしまった。約3ヶ月程前に「閉店セール」が始まったのだが、それにしては全然閉まらないなぁ…と思い、店員にいつ閉店するのか訊いてみた。曰く「商品がなくなるまで」との事。

このホームセンターは全国チェーンで有名だが、実は自分が学生時代からの“付き合い”で、実家の近くにある同系列店舗に足繁く通ってはいろいろと買ってきたものだ。元々この手のDIY店が大好きで、別に用が無くとも何となく店に吸い込まれていたものである。

なので10年前、自宅から僅か300m程のJRのガード下にこの店ができた時はメチャクチャ嬉しかった(この気持ちは多分誰にも解ってもらえないだろう)。それまでは自転車で15分程の隣町のDIYチェーンまで、わざわざ足を運んでいたから。

早速ポイントカードも作った。ところがこのポイントカード、全然使えない酷い代物だ。200円買って漸く1ポイントたまり、500ポイントで漸く500円分の買い物券が貰えるという。って事は10万円も買わないとたまらないし、各年末には失効してしまう。幾ら何でも1年にそんなには買わない。とんでもない詐欺カードである。カード会員には年7〜8回優待期間があるが、それでもせいぜい5から10%位。消費税が付いたらさ程変わらず、こんな阿漕な商売やっているから客足が離れて潰れるのだ。加えてこの度の「コロナ自粛」、ある意味これも閉店の引き金になったのかも知れない。

閉店当日のまさに閉店時間に、たまたま自分は通りかかったので、最後にもう一度店内へ。既に3拍子の「蛍の光♪」が流れる中、商品の“投げ売り”でもしていないかなぁと期待してみたのだが、別にそんな事も無いようなので虚しく店を後にする。

既に幾つかの商品棚は空になっている

今後また隣町まで行かねばならない訳ではなく、実は近所に別のホームセンターが数年前にできている。こちらの方が木材の種類も豊富で、オケで使う自分専用の箱馬の材料などは全部こちらで揃えたりした。今度はこちらが専用になる訳か。くれぐれも潰れてほしくないものである。

MacやiOSデバイスを買うと中に入っている「iMovie」はビデオ編集用のソフトである。これのお蔭で色々な動画を編集してきた。但し、複数の動画を同時に表示するには限界がある。

そこで今回新たに「Final Cut Pro X」という動画ソフトを買ってみた。あれこれ試しているうちに、これは自分の想像を超える凄いソフトだという事が解ってきた。

昨今COVID-19の影響で、音楽動画界でも「リモート・アンサンブル」が酣(たけなわ)であるが、これはオンライン・ミーティングとはまた別で、各人が自宅で撮ったパートを1ヶ所に集めて編集&公開するというもの。この「Final Cut Pro 」はまさにこれにうってつけのソフトであり、自分も本腰入れてこれで編集作業を始めた。

作曲と自録り

先ずはフルート・アンサンブルの為に、このリモート用の曲を「Logic Pro X」で作曲。今回は5パートにピッコロとアルトを加えた計7パート。ライヴ用ではないので、折角だからこれにシンセサイザーや効果音を加える。

現在のこの状況を表現した曲構成にしたが、題名はどうしよう…?
「増殖」
「パンデミック」
「オーバーシュート」…
どれもリアル過ぎて痛い印象。あれこれ考えた末、
「希望の光」にした。

次にこれを自分で実際に吹いてみて、全体の印象を確かめる。全パート録音し「GarageBand」でミキシング、デモ演奏を完成させる。さて今度は、各メンバーにこれを吹いて貰うのだが、終始テンポの変わらない曲(♩=60)とはいえ、何せ新曲なので曲想的なものは多少伝えておかねばならない。そこで、単にテンポだけではなく「指揮動画」を作成。クリック音・小節番号をミックスして、各メンバーにはこれを見ながらパート譜を吹いてもらうために。

数字は「今何小節目を振っているか」を表わす。(年齢ではない)

動画の編集

こうして各メンバー宛に担当パート譜・指揮動画・そして自分のデモ演奏をセットにして送る。ただ、この段階ではメンバーはこの曲が全体合奏でどんな曲になるのかは、まだ知る由もない。デモ演奏だって敢えてミックスする前のパートのみ。敢えて全体は伏せたままにし、出来上がりを聴いてのお楽しみ、ということだ。

「送る」といっても、いちいち郵送なんかしたりしない。今は「LINE」の添付でやり取りできる。一瞬で送れる。つくづく便利な世の中になったものだ。

6分半程の短い曲だが、その内訳は3つの部分からできている。メンバーは14名、各部ごとに動画を送って貰ったので動画は全部で42本にもなる。先ずはそれを全部Macに取り込むところから始まる。

自撮りの方法については特に指定をせず、極めて自由に録音録画して貰った。すると、メンバーは皆自宅だから、それぞれ色々なシテュエーションがあり、それはそれで面白い。縦動画・横動画・やけに音量が大きかったり小さかったり、妙に姿が遠かったり、半分以上が譜面台だったり、動きが大きくて画面からはみ出したり、バックグラウンドでTVの音が入っていたり…
何より、ほぼ全員の表情が何となく困惑している感じだ。無理もない。いきなり新曲を出されて、どんな曲か判らないまま吹かされているのだから(笑)

ここでいよいよ「Final Cut Pro X」起動。各画面の大きさや位置を微調整しながら、動画を“切り貼り”していく。各奏者のそういった情景の違いは、しかし「リモート・アンサンブル」の特徴でもあるので、敢えてその辺をうまく活かして配置。自分のMacbookは画面が16インチもあるが、それでもかなり細かい作業なので、思わずメガネを外して画面に顔を近づけて…。

時折Macbookが「Wooo〜」と唸っている。やはりこの仕事、かなり負荷がかかるのか、熱を放出する為にファンが全速力で回るのだ。その度に“お釈迦”になった 先代(Macbook Air)を思い出し、作業を中断して休ませてあげたり。

Final Cut Pro X の編集画面

動画の追加と楽しいEffect作業

一方で、自分もこの曲にキーボードやシンセサイザーで参加するので、その音楽作りも同じ「Logic」で進める。打ち込み音符による自動演奏と、実際に弾いて録音したものの2種類を準備しておく。

そして背景やテキストなどのエフェクトを加えていくが、これがなかなか楽しい。Final Cut Proにはかなり沢山のパターンが含まれているが、それとは別にもう1つ「Motion」という動画用ソフトウェアに活躍してもらって新たなエフェクトを加える。これもまたかなりの優れものだが、使いこなすのは大変そうなので、元々のテンプレートにちょいと手を加えたアニメーションを作って貼り付ける。

最後にもうひと工夫ほしい。美しい自然を描写した映像はないか?花とか雲とか湖とか。ネットで拾ってもよいのだが、そこはいっちょ“取材”してみるか、という訳で近所の公園にiPhoneを持って出かけてみる。既に季節的には花の時期もそろそろ終盤だが、それなりに適当な材料が得られた。

 

サウンドの編集

映像がほぼ完成したところで、今度は「音」の編集だ。一つ一つの動画から音声だけを切り離し、タイミングや音量のバランスを微調整していく。ただしこれには流石に限界がある。

「GarageBand」で編集したので、ソフトの能力的な限界もあるが、それよりも1箇所1箇所細かく揃えるにはあまりにも時間がかかり過ぎるのだ。ピッチだって揃っていないが、そもそも各々独りで吹いているから合わせようがない。

なので、大体のところで妥協しながら進めていく。タイミングもあまりにいじり過ぎると、今度は映像とずれてしまうし。

仕上げ そしてアップロード

このようにして出来上がったフルートアンサンブルだけの演奏データ・自分のキーボード演奏のデータ・そして幾つかの自動演奏データを映像に重ね合わせていく。各奏者の細い指の動きを見ながら、音とタイミングがずれないよう、またもやメガネを外して画面に釘付けになりながら。。。

最後に制作テロップを付けて作業終了。曲の発想からここまで約2ヶ月。一つひとつの作業にいちいち時間がかかったのは、何もMacbookのCPUのみならず、自分の頭だって沸騰するので常に休みながらやっていたからだ。

かくして、テレワークの為のアンサンブル動画:“えむ”の「希望の光」が完成した。

出来上がった動画は、先ずメンバーに配信。諸所確認してから次にYouTubeにアップロード。それがこれである。

衝撃的な事実

…それにしても幾ら最新のマシンとはいえ、やけに最近Macの動きが重いし唸るし、、やっぱり次第に負荷が多くかかったのかな〜と、ふとストレージを見てギョッとした。

何と500GB以上持っている筈なのに、もうあと50GB位しか空いていないではないか。要するにこの「希望の光」関連のデータだけで、何と330GBも知らぬうちに占領していたのである。

アップロード終了後、そんな訳でこの330GB分は外部メディアにごっそり移して、我がMacbookは何事もなかったかのようにスッキリとシェイプアップ。因みにデータ転送には、USB-Cの速さを以てしても1時間程かかったか。

…来年の今頃はどうなっているか判らないが、とにかくホールは確保しておきたい…

今日はそういった人たちばかりが集まっていると思う。
さいたま市文化センターでの、来年度のホール獲得抽選会だ。2021年度5月と6月分。先月は「緊急事態宣言」中だったため抽選会が行えず、従って今回2ヶ月分の抽選会となった。

いつもなら大会議室で行われるのだが、今回は1階の展示室にて。何故なら大会議室よりも広いからである。中に入ると、その広い空間に椅子が等間隔できちんと並んでいる。前後左右1〜2m位か。

申込用紙に記入するボールペンは、一旦使ったら使い回しにならないよう、所定の箱に集められる。受付用のテーブルはビニールシートが施され、申請者が座って立ち去る度毎に別の職員がテーブルを消毒。

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と、徹底した感染防止対策ぶりであるが、肝心のクジはそのまま他人が触った物を使い回し。番号のついた棒を抜き取るので、まあ余程あれこれと掻き回さない限り大丈夫だとは思うが。

自分はそれでも1本引いた直後に自前のジェルで指先を消毒しておいた。

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ところで結果だが…敢えなく敗戦。3年前の埼玉会館で自分は運を使い果たしてしまったようだ。2ヶ月分だったから確率は高いゾ、なんて期待していたのだが。

ただ、後日埼玉会館小ホールが獲れた。という訳で、2021年6月13日(日)にソロの発表会を予定している。

ソーシャル・ディスタンスとオーケストラ

日曜日 , 31, 5月 2020 ソーシャル・ディスタンスとオーケストラ はコメントを受け付けていません

COVID-19によって前世界が暗黒の霧に包まれている。日本は当初は何とかゴールデンウィークまで我慢すれば、という楽観的な見解だった。
ところが実際は周知の通り。感染拡大を防止する策のとして「三蜜を避ける」「他人同士が一定の距離を保つ」という世の中になった。

これによって、世の中の経済も大打撃を受けることとなったが、飲食店などは「感染防止対策をしっかりとした上で」再営業できるようになったからまだ良い。しかしお客さんを一堂に集めて、という業種はなかなかそれが難しい。つまり、音楽や演劇等のエンターテインメント系がそれである。


もう少し掘り下げて考えてみる。「他人との距離を1〜2m開ける」というソーシャル・ディスタンスは、考えようによってはお客さん側はできなくもない。ホールなどでは少なくとも2席、そして1列は空ければ鑑賞できると思う。尤も満席に比べてチケット収入は3分の1程になってしまうだろうが。
では出演する方はどうか?コンサートの場合、ソロリサイタルについてはまず問題ない。少人数のアンサンブルは?これが微妙だ。奏者がお互いそんなに間隔を空けちゃうと、かなり合わせ辛いと思う。それでも背に腹は替えられぬとやったとしても、客席にどう聞こえるのか?多分かなり音が散らばって、相当な違和感を与えてしまうだろう。それに、このリサイタルにしてもアンサンブルにしても「ホール」が前提であり、サロンなどは三密だからもうアウト。昔は自分も港区の地下のスタジオでよく木管五重奏のコンサートなどやっていたが、今あんな事をしたら「クラスター」を起こしかねない。

さてそんな訳で、一番問題なのがオーケストラと合唱だ。今後どのような感染防止対策をすれば良いのだろうか?
ポイントは奏者の間で唾液や汗の飛沫がかからないという事だが、そもそもそんなに届くものだろうか?弦と打楽器奏者は管楽器奏者よりも演奏時の体の動きが大きいので、強いて言えば唾液よりも汗、逆に管楽器奏者は汗よりも唾液に気をつけるべきかも知れないが、基本的に管楽器奏者の口は塞がっているので、唾液はまず飛ばない。筒先から飛ぶなんてのは、素人による大いなる誤解だ。唯一塞がっていないのはフルートだが、余程変な吹き方をしない限り、唾液が譜面台を通り越して飛んでいく事はない筈だ。
とにかく器楽は演奏中に声は出さないものである。となるともう一つのポイントは汗だ。本番中はライトを浴びると冬場でも暑く、場合によっては汗だくになる。オケ奏者が今後気をつけるべきはこちらの方で、空調も含めた何がしかの制汗対策や、演奏中の過度な動きにも気を配った方が良い。
日本のオケはしかしながら、得てして各演奏者の動きは小さいと思う。というのは(自分もそうだが)指揮者以外の人にあまり大きく動かれると、視覚的に邪魔で演奏し辛いのである。
某ヨーロッパのオケなどは各人がもの凄い動きで、身体全体で音楽を表現しているのが印象的だが、善し悪しはともかく何もあんなに動かさなくても音楽は表現できるというものである。

要するに自分が思うに、オーケストラは各奏者が感染防止対策に気を配りさえすれば、演奏可能ではないかという事である。お客さんだってロックのコンサートみたいに立ったり大声を出したりしない訳だし(強いて言えばあの『ブラボー!』だけ控えていただければ)。
だがその場合、一番対策しなければならないのが指揮者だ。リハーサル中はもとより、本番でも汗や唾がジャンジャン飛びまくる。マスクをし、アクリル板で囲っておかないと弦楽器の前方のプルトには被害が及ぶであろう。

とはいえ、こうもあちこち営業自粛・イヴェント自粛とうたわれると、やはりオケは元よりどのコンサートもできないのが現状である。プロオケだってコンサートしてナンボという以上、実質収入はゼロ。それが何ヶ月も続くと、経営不可能に陥ってしまう…。
遂に各プロオケが寄付を募り始めた。募っているのは放送局や新聞社や自治体などのバックアップのない、自主運営のオケだ。ここで極めて素朴な疑問だが、例えば◯◯フィルが「潰れそうです。お金を恵んで下さい」ときた場合「◯◯フィルが無くなったら本当にヤバい。困る」として寄付する人はどれ位いるのだろうか?それでなくても日本には、特に東京には凄い数のプロオケが集まっているので、1つ2つオケが消えても、蚊に刺された程度にしか思っていない人も多いかも知れない。そもそもこの不景気、人に寄付するより自分の食い扶持を何とかしなくては、という人がおそらく大半を占めているだろうし。
実際のところ、どれ位寄付が集まっているのか?詳しいデータは知らないので何ともいえないが、多分何処も“焼け石に水”で経営陣は頭を抱え、楽員は不安を抱えながら家でさらっている…という構図が眼に浮かぶ。

今はまだ全く収束の兆しの見えないこのCOVID-19であるが、近い将来は必ず元の生活が戻ると信じている。マスクもソーシャル・ディスタンスも不要という元の生活が。ただ、それまでの間は、プロオケやミュージシャンは音楽を別の方法で売るという“生き方”も必要なのかも知れない。例えばネットやメディアによる配信等。無論“生音”に勝るものはないが、今はそんなことは言っていられないだろう。既に寄付だけに頼らず、生き残る為の何がしかの手を何処の団体も打っているとは思うが。

しかしながら、やはり音楽仲間はお互い助け合いたい。
自分が嘗てお世話になったプロオーケストラの「寄付」のページを貼っておこう。

…の筈だった。

だが実際はもう周知の通り。今日予定されていた「湯本フルート教室 第5回アンサンブル発表会」は中止にせざるを得なかった。こんな事になるとは…。

これまでの経過はこんな具合である。

2019年5月
これまでの会場:白井中銀マンシオン大ホールが事情により借りられなくなったので、会場をさいたま市のホールに移すべく、市の抽選会に参加→落選(適切な日にちが獲れず)。

2019年6月
さいたま市の抽選会に再挑戦したが、再び落選。その後探索してみたら、たまたま「市民会館うらわ」が「5月17日全日空き」という事が判り、即座に予約。引き続き周辺の施設をリハ用に獲得。

2020年1月
プログラムと編成・メンバーを確定と共に、アンサンブル新曲・全体合奏の編曲に取り掛かる。
ピアノ伴奏者を決定して、楽譜を郵送。
◆この頃中国にて「新型コロナウィルス感染症」が蔓延し始める。

2020年2月
◆コロナが日本上陸。政府が各種「自粛」を要請。
事態の収束はゴールデンウィーク辺りまで(?!)とされたので、ギリギリ5月17日は開催できそうだと判断。
しかし、大勢が集まる全体合奏と終演後の親睦会は取りやめとする。

2020年3月
第1回リハーサルの会場である武蔵浦和コミュニティセンターが閉鎖されたので、代わりに「ビューティーライフ・スマイル」にて行う。曲目ごとに換気をし、大勢が一堂に集まらないように時間配分。
発表会は初の“無観客開催”として、動画撮影のみの計画を立てる。
◆国内各地で感染者が爆発的に増え、死亡者も続出。イベントの中止が相次ぐ。

2020年4月
生徒さんの安全を第一に考慮した結果、発表会の中止を決定。
◆政府が「緊急事態宣言」発令。

既に頂いている参加費は返金しているが、配布したパート譜は一応そのままである。次の機会に使えればとは思うものの、その「次」というのが問題だ。現在、何処のホールも来年の抽選会はストップ状態。抽選会場が「三密」になるからだ。それに来年の今頃は本当にこの「COVID-19」が収束しているのか?
昨今、メディアではこの「収束」「終息」という言葉があまり聞かれなくなり、代わりに「共存」というワードをよく耳にする。新型ウィルスとは上手に付き合っていこうというのか?!冗談じゃない。

とにかく来年は開催できるかどうかすら、まだ判らない。この発表会に限らず、日本中、いや世界中のコンサートが今は開催できなくなっており、ミュージシャンや演奏家にとっては死活問題が続いているが、再開の見通しが付いていないのは辛い。辛いが、やはり出演者そしてお客さんの命と健康が第一であり、今は耐えるしかない。

しかしながら、現在はインターネットが発達して、リモートワークやオンライン・レッスンが昔よりも一般化してきた。逆境に立たされてる今、何もしない訳にはいかない。こういう時だからこそ、このインターネットを上手に活用すべきなのだとも思う。

という訳で「湯本フルート教室」は次なる成果発表の方法を考えている。詳細はまた後ほど。

前回(第4回)のステージ

4月某日、既に払い込みしていたホール使用料の返還手続きの為「市民会館うらわ」へ。
元々来年度には全面改修するという古い建物だが、この状況が追討ちをかけるようにロビーは薄暗く、勿論人っ子一人居ない。
窓口の人達はとても丁寧に応対してくれたが、何だかとても寂しい雰囲気であった。
外はうららかな春の陽気なのに、妙に悲しい気分で建物を後にした。

インターネットのお蔭で、外出自粛の世の中でも大概の用はこなせるようになった。生身の人間同士の接触はできなくても、画面越しなら可能なので、仕事や会議や飲み会お茶会、そして各種講座やレッスンも今やオンラインという時代。
限られた空間の中で、皆必死にコミュニケーションをとっている様子に、自分は時折感動したり、逆に辟易したりしている。

だが我家も他人事ではなく、程なくしてオンライン・レッスンを始めた。所謂「テレビ電話」というシステムは実はかなり昔からあったし、FaceTimeやSkype等も今に始まった事ではなかった。今まで必要なかったから、全然使わなかっただけである。

それだけに、いざこれらを使ってみて、何キロも遠くにいる生徒さんがいざ画面に写った時は、変な話だがちょっと感動した。瞬間的に今後のレッスンの新たなる可能性を感じた次第である。

だがしかし、レッスンを進めていくに連れて、オンラインのいろいろな欠点が明らかになってきた。

オンラインとはつまり、画像と音声の両方をデータ化して無線で送り、受けた方はそれをまた画像と音声に戻すという作業である。だからその「データ化」「無線で送る」「戻す」という作業にいちいち時間がかかる。かかるといってもほんの0.0何秒で、かなり速くなったとは思うが、コンピューターの処理能力によっては結構な時差が出てしまう。試しに画面の向こうの相手と同じタイミングで手拍子してみたら、酷い時は1秒近い遅れがあった。なので画面越しのアンサンブルはもう殆ど無理だ。

時差問題だけではない。コンピューターというのは実に律儀で、多少時間がかかってもちゃんと音声データを送ろうとするから、遅れた分だけ纏めてくれる。その結果、例えばAndanteのフレーズも時折グチャっとしたPrestoで来ることがある。また、機器によっては音量を調整するリミッターが付いているのか、フォルテなのにピアノに聞こえたりして、演奏のせいなのか機械のせいなのか判らない事もしばしば。

画像に関しては、音と微妙にずれる事は最早日常茶飯事。これもやはり処理能力なのだろう、CPUがヤケを起こして真っ暗になったり、モザイク画になったり。

何より、通信が切れちゃうともう話にならない。我家のレッスン室は完全防音だが、その分Wi-Fiも繋がりにくかったので、この度より強力なルーターを設置。これで大分通信のストレスは軽減された。

気になるのは、では自分の音やアドヴァイス等はどのように相手に伝わっているだろうかという事だ。お互い、生音が届かないというのが、詰まるところ一番の欠点であろう。

生徒さんの演奏を聴いてアドヴァイスする、結局オンラインでできるのはこれが精一杯で、さきのアンサンブルは元より、手を伸ばして歌口の位置をちょっと変えてあげる、なんて事すらできない。

とまあ欠点だらけとはいえ、やはりLIVEでお顔が見られ、お話しできるというのは嬉しいものである。なんといっても、時間やお金をかけて移動しなくても良いのだから、理論上では海外の生徒さんをレッスンする事も可能ではないか?

尤も、地球は丸いので本当の『時差』に注意しなければ…。

…話は変わるが「オンライン会議」で自分の場合真っ先に連想するのが、映画「スターウォーズ」の一場面である。
毎回「遠い昔、遥か彼方の銀河系で…」と出るのに、地球とは比べ物にならない位システムが進化しているが、果たして未来の地球もこうなるか?

ジェダイ聖堂にて。中央と右端のジェダイは多分他の星からオンラインで出席。

今年度Gフィルのモーニングコンサート最終公演は、トマジ作曲のトランペット協奏曲とブラームスのヴァイオリン協奏曲というプログラム。後者にて自分は1st.を担当していたのだが、自分の右隣、つまりオーボエの1st.はいつもの団員ではなく、特別にO教授が座っていた。実はO先生、この3月を以て長年勤められたG大を退官されるので、いうなればその記念公演でもあった。

ブラームスのVn.協となれば、知る人ぞ知る第2楽章冒頭のオーボエのソロである。その昔、フィラデルフィア管弦楽団首席Ob.奏者マルセル・タビトー氏のソロがあまりに美しかったので、その後のVn.ソリストがうっかり引き忘れたという逸話がある程だ。そして今回のO先生のソロも実に素晴らしく、“特等席”で聴いていた自分は一緒に共演できた幸せを心から噛み締めながら吹いていた。

実はO先生が新日本フィルの首席奏者だった頃、自分もこのオケのエキストラで何度かご一緒させていただいた経験がある。もう35年も前の話だ。当時若造の自分にとって、このオケはいわば「針の筵」だった。そんな中でO先生の演奏を聴き、なる程オケの首席奏者はこうあるべきなのだと、漠然と感じた記憶がある。その時はあの怖い雰囲気にも関わらず優しい感じの方だなと思っていたが、それから10年程が経って別の仕事でご一緒させて頂いた時に、先生のおっしゃる話を聴いて「うわやっぱり厳しい方だな」なんて思ったものだ。

曰く、「オケのエキストラって大抵無難な下吹きで来るじゃない。でも例えば『第九』なんか、その下吹きの音から始まって、2nd.フルートが妙なピッチで吹かれると『アレ!?誰が吹いてんの?』なんて思わず横見ちゃうんだよね。ついさっきまでチューニングで同じ音出してたくせにサ」とか、「コンクールの審査員ってさ、例えば課題曲がモーツァルトのコンチェルトの場合なんか、やっぱりその曲をちゃんとソリストとして吹いた経験がないと審査できないよね。オケの前で吹いた事ない奴に一体何がわかるの?っていう」これらのご発言、今となっては至極もっともだと思う。

演奏する仕事だけでなく、例えばG大の入試の審査官として初めて仕事した時も、いろいろそのノウハウを教わった(フルート科の審査でもO先生は同席されていた)それこそ先生の隣りの席で先の談話を思い出し、(アレ俺ってこの課題曲本番で吹いた事あったっけ?)といちいち心の中で確認したものだ。楽器は違うし勿論レッスンを受けた事もないが、本当に沢山の事を勉強させて頂いた。

それだけにもうG大を去るなんて、実に残念である。先日のこのブラームスの本番にて、この美しい第2楽章終了後、アタッカ(=間髪入れず)で第3楽章に突入するが、自分はやや暫くの間感動のあまりアムブシュアが定まらなかった。

自分の向こう側がO先生

またいつの日か是非ご一緒にお仕事したいと願っている。

お元気で、ご活躍を。

昨年7月末に愛用のMacbook Airがクラッシュして以来、パソコンでの諸作業はずっと我家据え置きのMacでやらざるを得なかった。古いし重いし、いちいちストレスが溜まっていたが、それこそなけなしのこの1台が壊れたら大変!とばかりに慎重に作業をしていた。

すぐに次のMacbookが欲しかったが、“3つの壁”があったのでなかなか購入に踏み切れなかった。その1つは当然“お金”で、兎角Macは高価だ。本体のみならず、ストレージやらメモリやら増設したら更に加算されるし、トドメは10%の消費税。これもかなり痛い。

ただ、自分は一応大学の講師なので、割安な「アカデミック価格」で購入できる。特に嬉しかったのは、音楽やビデオの編集で定番の「Logic ProX」や「Final Cut Pro」等の『教育機関向け』ソフトが信じられない位安くバンドルできる事だ。

年が明けてから漸く最新の16インチモデルを注文。2週間程経ってから我が家にやって来た。

かれこれ半年以上も待ち侘びたブック型ではあるが、かといってすぐに箱を開けて使うという訳にはいかない。というのは、(これが2つめの壁だが)ご存知の通り初期設定がもの凄く大変だからだ。時間的に余裕のある日まで我慢するしかない。こういう時に限って妙に忙しい日々が続くし。

でもやっぱり1ぺん中身を見ておきたいなと、翌日ちょっと箱から出してカパッと開いてみる…すると突然起動した!そう、Macbook Proは開くだけで起動するのだ。あの「ボーン♪」という特有の音がしない。途端にやや暫く此奴に付き合わされる事になる。大抵のデータはクラウドのバックアップから下ろしてくるだけでいいが、Wi-Fi・指紋認証・各種アカウント…とにかくいろいろ一から設定、1時間程してやっと使えるようになってきたか。自分にとって7代目のMacだが、何代目でもやっぱりこの作業は慣れないものだ。

3つめの壁は、前面のパッドで行う「ドラッグ」のジェスチャの違いだ。先代の2013年版Airは3本指のスワイプでできたが、新型はちゃんと「押しながら」でなければドラッグできない。3本指は別の動作になってしまう…って、何を言っているのか理解してもらえないかも知れないが、譜面を作成する身にはとても重要なポイントなのだ。まあ、新型ドラッグにはだいぶ慣れてはきたものの、時折失敗してはすぐ「command+z」(取消)とやったりしている。

性能といい値段といい、この「Pro」は自分にとっての「最終兵器」かなとも思う。DTM(デスクトップ・ミュージック)作業・ビデオ編集・そしてホームページや文書の作成、特にそれ以上の作業はしない自分にとって、これ以上の機能は何も求めていないし。とにかくコイツとは、最低10年は一緒に働いていきたい。

一昨日、渋谷区にある「白寿ホール」にて、ピアノの発表会の共演という仕事があった。つまり、ピアノ演奏を弦楽五重奏+木管五重奏という最小編成の“オーケストラ”で伴奏する訳で、各出演者にとっては素晴らしい経験になるであろう。

プログラムの殆どは割と“ガチ”な曲が並ぶ。ベートーヴェン・ショパン・シューマン・ラフマニノフなどの協奏曲をこの編成用に編曲、ピアノソロはオリジナルそのままだが、出演者は楽章ごとに交代というシステム。所謂“一般の”人達なのに、皆さんこんな難曲を弾きこなすのだから大したものである。

ステージ上は通常のコンチェルト配置とは逆に、ピアノの前にアンサンブルが並ぶ「室内楽スタイル」となって、1st.Vnが合図を送りながら演奏。伴奏のアンサンブルのメンバーは、この上記のコンチェルトならもう飽きるほど演奏しているベテランが揃っているので、曲中のちょっとしたテンポの変化などは皆大体解っている。なので、指揮者がいなくても各曲全てスムースに進行する……筈だった。

ところがいざリハが始まると、やっぱり所々でソリストとの呼吸がずれることもしばしば。考えてみれば、特に後半のシューマンやラフマニノフでオケと複雑に絡み合う部分では、普段のオケの場合、やはり指揮者を頼りにしている場面がよくあったし。それを自分達だけで何とかタイミングを合わせていかなければならず、その為にはピアノソロの楽譜をかなり細部まで把握しておかねばならないことがわかった。

リハの時間は限られているし、発表会当日はG.Pもなく舞台にて“ぶっつけ本番”だし、いくら慣れている曲とはいえ、綱渡り的な緊張感があった。そして本番。まあアクシデントが無かった訳ではないが、一応伴奏役の責任は果たせたと思う。

終演後、コンミス(1st.Vn)の友達と雑談。彼女も某プロオケの奏者だが、結局こんな話に至った。
「やっぱり指揮者って必要なんだね〜」という…。

この発表会の主宰は高校からの同級生のピアニストで、過去には何度も共演させて頂いた。もうかなり長い付き合いになるが、お弟子の発表会でオケを雇ってこんなに大々的に開催するとは、実に大したものだ。現在は複数の大学にて教鞭をとっておられるが、その音楽観やヴァイタリティーにはつくづく自分も見習わなくてはと思うのである。