世相を象徴する今年の漢字一文字、それは「密」だそうで。。。思わず笑ってしまった。確かにこの1年、正確には10ヶ月位か?実によくこの言葉を耳にしたものだ。

そして、自分にとっての今年の漢字は…紛れもなく「」だ。今年はいろいろなものを実に沢山作った。作曲・編曲・ついでに日曜大工で家具を作り…。これら総て、詰まるところやはり、やっぱり「新型コロナウィルス」の影響であろう。

まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話だが、コロナウィルスは春から夏にかけての殆どの経済活動を凍結させた。緊急事態宣言・外出自粛・イヴェントの中止…それらに伴う減収に対して国や自治体は給付金等を出してくれたが、貰ったからにはそれなりの働きをこちらもしなければならない。

その“働き”とは、対面でのコンサートができなくなった分、その代わりとなる仕事。それが自分にとっては曲作り・そして動画作りであった。今年はそんな訳で、印象に残る曲が例年よりも格段に多いのである。

拙作「希望の光」(作曲・演奏・動画作成)

Gフィルの在宅勤務による自主研究課題の一環として作成。テーマは「テレワークによるオンライン・アンサンブルの研究」とし、フルートアンサンブルとシンセサイザーの為に作曲。詳細は前記事「Final Cut Proの初仕事」の通り。

ダマーズ「24の練習曲」(演奏・録音編集)

同じく在宅勤務による自主研究課題の一環として作成。詳細は拙ホームページにてアップしているが、これも長期間に渡って苦労した。とにかく各曲総て実に難しい。よく言えばダマーズ独特のエスプリに富んだ曲集だが、言い換えればどれもかなり捻くれている。

興味本位でこの曲をさらい始めたのは実はもう数年も前だが、ダラダラ吹いていたのでは埒が明かない。なので思い切ってこの機会に研究成果として発表した次第である。

ラヴェル作曲「ダフニスとクロエ」(演奏・動画作成)

さいたま市による「つながろうさいたまアートプロジェクト」への参加作品。これはコロナウィルスの影響で減収となってしまった市内のアーティストが対象というもので、半信半疑で申し込んでみたら審査に通ってしまって、ちょっと慌てた次第である。だがこの「1人4役+α」という構想はずっと前から頭の中にあった。

録画や取材は想定外に苦労したが、その後の編集作業は再びFinalCutが活躍、省みれば大変ながらも楽しい作業であった。

加宮葵作曲 歌曲集「二人の空」(演奏)

お世話になっている声楽の師匠:加宮葵先生が作詞&作曲・更に作曲家の松尾佑孝氏によって編曲された、9曲から成る歌曲集で、自分はそのピアノ伴奏を受け持っているが、実はまだ発表はしていない。本番どころか、加宮先生によるその対面レッスンも、コロナのせいでまだ実現していない状況である。

加宮先生はもう5年ほど前にご主人を亡くされたが、この歌曲集は天国に旅立ったご主人を思い綴った詩集に依るもので、弾いていると実に感極まるものがある。6月に楽譜を頂き、この半年間ずっと練習してきた。いつの日か、何らかの形で公の場に発表したいと思う。

ラヴェル作曲「マ メール ロア」(編曲)

知人によるアンサンブルより依頼を受けて編曲。編成はフルート2本・クラリネット・ファゴット・ピアノ。これにはやはり、コロナ禍で減収となった芸術家の為に文化庁が一肌脱いでくれた給付金が絡んでいた。コンサートに伴う経費・出演料・そしてこの編曲料等、トータル150万円まで支援してくれるという大変ありがたい事業故、自分もその恩恵を受ける事ができた。だがその金額よりも、この時は依頼から締め切りまでが1週間程しかなく(!)、8月下旬はずっと朝から晩までこれにかかりっきりであった。

モーツァルト作曲 ピアノ協奏曲第17番&第24番(編曲)

上記と同じアンサンブルの方達の依頼により、全く同じ編成用に編曲。これはある程度期間が頂けたが、元の曲の規模が「マメールロア」の比ではない。しかも2曲、大仕事であった。11月は専らこれの事しか頭になかった。

「マメール〜」の場合は原曲の寸法はそのままで良かったが、協奏曲をこの編成に作り変えるという事は、曲想を壊さないようにあちこちトリミングしていくという事だ。増してやモーツァルトの作品は、そのどれもが完璧な構成。これを一旦崩すのには実に苦労した。苦労したが、同時にモーツァルトの作曲技法についてはもの凄く勉強になった。

この2曲は来年2月に本番を迎えるそうだ。どんなサウンドになってくれるか、楽しみでもあり不安でもある。

さて、3月から5ヶ月もの間、総てのコンサート・合宿指導等のイヴェントが消え、その間上記のような研究活動をしていたとはいえ、やはりそれでも時間が空いた。

実はこれまで、部屋のあちこちをリフォームしたいなと思っていたのだが、中々時間が取れなかった。今回、これは絶好のチャンスと思い、趣味の日曜大工も手がけることができた。

今夏、こしらえた家具は全部で4点、その他あちこち塗り替えたり等。

そういう意味では充実した一年だったが、やはり来年はこんな事よりも、吹く仕事・そして教える仕事を再び充実させたいと、つくづく思うのである。

空気の読めない音楽

日曜日 , 20, 12月 2020 空気の読めない音楽 はコメントを受け付けていません

先日「アートルネッサンスコンサート」という名称の、若い音楽家達を応援するコンサートが開催された。その中に「本日世界初演」と謳われる新作があったのだが…つくづくこの曲には困り果てた。
パート譜はパソコンで綺麗に印刷されていたが、だからといって読み易いのかというと、必ずしもそういう訳ではないのだ。

2nd.Fluteのパート譜より

この楽譜の拍子は3/8拍子であり、譜割は正確に記されているものの、とにかく何処が何拍目なのか頗る解り辛い。なので鉛筆で「1,2,3…」とビートを書き込む。。。そんな事はまだ良い。

それよりもとにかく臨時記号、特にナチュラルの書き方が変だ。この楽譜では赤丸で囲んだ所。付けてほしいのに無かったり、要らないのに付いていたり。

これもコンピュータの為せる技で、楽譜自体に何ら間違いはない。そもそも臨時記号は小節が変わったら途端に効力が消えるからだ。

しかしこれを生身の人間が演奏するとなると、やはり赤丸の所が如何に読みにくくて苦労するか。ここがコンピュータには理解できない所なのだ。

この楽譜作成ソフトが無かった時代は、パート譜は当然全てスコアからの手書きの写譜であった。するとその際に上記のレイアウトや臨時記号の事等は、書きながら気づいては対処していくもの。だが現在は、恐らくマウスを何度かクリックするだけでたちどころにパート譜になってしまう。多分作曲者はその便利さ故に、余った時間にコーヒーでも飲んで寛いでいるのだろう。

だが演奏する立場から言えば、その余った時間こそに全てのパート譜を1小節1小節、検証する手間をかけてほしいものだ。言い換えれば、もっと演奏する側の気持ちになってパート譜を作ってほしいのである。

ところで、しかしながらこの音楽、また別の意味で大問題があったと思う。

元々このコンサートは、今年の4月に開催予定だった。しかし周知の通りコロナで延期、その間オケのスタッフ達は血の滲むような努力をして、秋以降の「感染防止対策を施した開催」にまで漕ぎ着けてくれた。その詳細は前記事「見えない敵との闘い」の通りである。

ところが今回のこの曲、どういう意図か解らないが、各楽器の配置をバラバラにして、例えば元々木管前列の位置にトロンボーンやホルンを配置する等して、弦楽器とのディスタンスを取るのが難しい状況になっている。また管楽器特有のオーバーブロウ(息を必要以上に強く吐き出す)的な奏法も随所に出てくる。つまり、あんなにスタッフ達が頑張ってセッティングしているのに、それを踏み躙るかのように飛沫が飛びまくる事をこの曲は要求してきたのである。

自分も「ジェットホイッスル」というフルート独特の奏法によって左隣の奏者の吐息をモロに浴びていたが、自分の右隣は今回クラリネットが座っているので、流石にその奏法はできなかった。

この曲がこのコロナ禍でなければ、配置も奏法も何ら問題ないと思うが、こんな状況下で皆が頑張って漕ぎ着けたコンサートなのに、平気でこんな事をさせるとは空気読めないも甚だしい。

大袈裟に言えば、今は「命の危険が伴う音楽」であった。もしこれが原因で感染し発病し、最悪死者が出たら、一体誰が責任を負うのであろうか?指揮者もスタッフも、そして運営陣・指導教官等、誰も気付かないのだろうか?

2つのスーツケースを抱えて成田空港に向かう。地球の裏側南米にて3年ぶりの演奏旅行がこれから始まる。

5日前からリハが重ねられてきた。自分も片言のスペイン語を勉強してみた。楽器運搬の都合上、どうしても南米大陸に直行という訳にはいかないそうで、今回もヨーロッパ経由。3年前のチリ公演の時はパリ経由だったが、今回はフランクフルト経由。またもや地球を3/4週、片道30時間の試練が待っている。

目的地は2ヵ国ある。先ずはウルグアイの首都モンテビデオにある「ソリス劇場」、次に隣国アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにある「コロン劇場」、どちらもびっくりする程美しいホールで、ブラームスやドヴォルザークの交響曲や邦人作品等演奏。僅か1週間の間にこのような過酷なスケジュールをこなしながらも、有意義な南米の“夏”を体験して来ようと思う。

来月2日に帰国予定。無事に帰れますように…

…の筈だった。

しかし現実はこの通り、自宅にいる。現在の南米の感染状況は信じられない程酷くなっているが、この演奏旅行の中止が発表されたのは、まだそれ程感染が広がっていない4月初旬の事である。それだけGフィルは対処が早かった訳だが、尤もこの頃は丁度“緊急事態宣言”が発令された頃である。

自分だって、そろそろ感染の危険故行きたくないなと思い始めた頃だった。だが自分が行かないとなれば、その分エキストラで行く誰かが感染の危険にさらされる。そんな事はできないな…本当に本当にどうしよう、と思っていた矢先であった。

だから「中止」の連絡が来た時は、正直言ってホッとした次第である。

南米。まさかこんな地球の裏側まで飛ぶとは、夢にも思わなかった。だがとにかく3年前には、チリに行って来た。異国というのは(勿論国にもよるが)帰る頃にはもの凄く現地への愛着が根強くなって、帰国後“ロス”になるものだ(自分もあれから見事にチリ・ワインしか飲んでいない)。そういう意味では、幾らハードワークとはいえ、やはり心の何処かでこの「ウルグアイ・アルゼンチン公演」を楽しみにしていた自分が居る。

尤もこの公演は「中止」ではなく、1年以上先に「延期」とされている。

ただ、このCOVID-19が完全に収束し、再びこの演奏旅行に行けるようになったとしても、その頃自分は定年退職しているかも知れない。自分は丁度その微妙な年齢なのである。

今現在は「行ってみたい」「行きたくない」と両方の気持ちが渦巻いているが、いずれにせよとにかく先ずは1日も早いCOVID-19の収束、これを望むしかない。

コロン劇場はパリオペラ座・ミラノスカラ座と並んで世界三大劇場と呼ばれる。

それは「パーキンソン病」だ。例のコロナウィルス感染症とは別に、最近は自分の近辺で知人がこの病気を発症したという知らせをよく聞くのだ。パーキンソン病とは脳の病気の一つで、身体にいろいろな症状が出るようである。例えば手足が震える、歩行障害が起こる、顔の表情が“うつろ”になる…等。

知人でこの病気になった人は、これまでに少なくとも6〜7人はいるだろうか。実は自分の父親がそうだった。手先の細かい作業ができなくなり、前につんのめるような歩き方になり、自転車にも乗れなくなった。どうやら身体の先端から少しずつ効かなくなってくるらしく、先の“うつろな表情”というのもつまり、顔の表情筋の動きが鈍くなるという事か。そういえば父は食べ物が口からこぼれるようになった。これは脳からの命令を神経に伝える物質が極端に少なくなるからだそうで、現時点では大分良い薬が開発されてきたものの、特効薬はまだないそうである。

プロ・アマ問わず楽器を演奏する人にとっては、この病気は頗る厄介であろう。指は動かないし、管楽器奏者に至ってはアムブシュアが定まらなくなる。もし自分がそうなったら…と思うと、もう発狂しそうだ。音が出ないではないか。しかし原因が特定できない以上、明日は我が身でないとも言えない。

そして…残念な事に、これの発病の知らせを聞いてから、割と短期間のうちにこの世を去る方が多い。父の場合は、発病後1年程で逝ってしまった。他にも先輩のお父上・親戚のお婆様・お世話になった作曲家の先生等…。

しかし一方、この病気と闘いながらも長生きしている人も。例えば映画「Back to the future」シリーズのマイケル.J.フォックス氏。彼も確か大分昔にこのパーキンソン病の事をカミングアウトしたが、現在も健在である。治療法や薬の開発は進歩しているらしく、そのお蔭でもあろう。

思うに世界は今、新型コロナワクチンの開発に世界中が注目しているが、一方このような難病についてももの凄く研究がなされている筈である。自分の身近でこれを発症した人達が、くれぐれも長生きしてくれるよう、そして必ずや特効薬が開発される事を、心から願うばかりである。

クラスメイトの死

高校時代の同級生だった女性ヴァイオリニストが他界した。癌だった。故人〜あえてUサンとしておこう〜は大学を卒業してすぐに某プロオーケストラに入り、これまで約35年間ずっとこの楽団で働いてきた。職場結婚後、2人のお子さんに恵まれ、幸せに暮らしていたと思う。

自分が最後にUに会ったのは確か3年程前だったか。その時はとても元気で、相変わらずの独特の雰囲気を醸し出していた。寧ろその時はUのご主人の方が精密検査とやらで、彼女はとても心配していたのを憶えている。

そして先日、通夜に参列したら、そのご主人が喪主だったわけで…。実はこのご主人も自分の旧友で、一緒にTIBIA木管五重奏団(前記事)でアンサンブルしていた仲間である。マスクのせいで顔はよく見えなかったが、さぞかし打ちひしがれていたと思う。声をかけたかったが、やはり今のこの世の中、参列者も大勢集まっていたし、ここに長居することは止めて早々に失礼した。

翌日は告別式。自分は多分あの「出棺」の場面には気持ち的にとても耐えられそうもないので、行かなかった。青春時代の3年間、共に泣き笑い、最高に楽しい日々を共にしたクラスメイト。自分にとっては第2の家族みたいなものだ。その1人がこんなに早くこの世を去るなんて…

未だに信じられない。

思い出

Uは飄々としながらもキリッとした自我の持ち主で、それは高校時代から感じていた。卒業演奏会で彼女はプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番を弾いていた。第2楽章スケルツォにてほんの2小節でcon sordinoからsenza sordino(=付けていた弱音器を外す)にする場面があるのだが、その際その弱音器をポイ!と投げ捨て、そのまま何食わぬ顔で演奏したのが今でも凄く印象に残っている。

Uを含めた4人位で、友人の別荘にスキーに行ったこともある。ある晩の夕食で彼女はなんとレタスの炒め物を作ってくれた。これがまたとても美味しかった。

Uは福岡県の出身なので、TIBIA木管五重奏団で九州公演をした際、彼女のご実家に皆で一晩ご厄介になったこともある。とても厳格な感じのお父上で、妙に緊張しながら過ごした記憶がある。

で、そのお父様の関係で九州のとある町の歌を何かに編曲した事もある。こうしてみると、Uとの思い出もなかなか尽きない。

今思う事

ウチの学年は現在でも毎年1回クラス会をしてきたが、今年ばかりはCOVID-19のせいでできなかった。高校で初めてUと出会ってもう40年余り。こんなに長い年月なのに、やっぱりあっという間にも感じられる。という事は、このペースでまた40年経つと、流石に自分もこの世に存在しているかどうか…畏らく自分も含め、同級生達が次々とUのいる世界に上っていく事であろう。

そうしたらまたあの世でクラス会ができる。一番乗りしちゃったUには、それまで“ほんの少しの間”、楽しみに待っていてほしい。

だからUには今はこう呼びかけたい。「また会いましょう」と。

…心よりご冥福をお祈りいたします。

「クラシック音楽のコンサートは満席にしても良い」という“お上”からの御達しが出た。それについての是非はともかく、プロオケにとっては取り敢えず嬉しいニュースであろう。

そんな世間の状況を他所にして、ウチのGフィルの場合はとりわけ慎重だ。他のオケがお客さんを入れて既にコンサートを再開している中、G大は協議に協議を重ね、遂にこの度キャンパス内の奏楽堂にて「試演会」を決行。COVID-19を齎す新型ウィルスという見えない敵が蔓延る中、如何にして演奏会を開催していくか、言わば緊急の一大プロジェクトである。

事前連絡

8月某日、先ずはスケジュールとプログラムの連絡が来る。9月の第2週、元々モーニングコンサートが入っていたのだが中止になってしまった日時だ。曲目はウェーバーのピアノ小協奏曲とベートーヴェンの「運命」全楽章。指揮者とソリストはお馴染みの同大学教授陣。こちらもFl.パートの曲ごとの乗り番を決める。
後日、パート譜がPDFファイルで送られて来る(正確には各自ダウンロードする)。普段なら奏楽堂に置いてあって各自が適宜持ち出して行く物だが、これも感染防止の為だ。

リハ開始の数日前から、今度は毎朝検温をし、それを報告しなければならない。これもWeb上のフォームがちゃんとできている(プルダウンメニューにちゃんと今回の出演者名が出てくる)。

そしてリハーサル

検温報告とは別に、奏楽堂入りすると早速スタッフによる検温チェックがある。消毒用アルコールは館内の至る所に設置されている。管楽器奏者は「結露水」処理の為のビニール袋と吸水シートが配られ、そして楽屋へ。楽屋では、というか奏楽堂内ではもう自分の指定席が(早い者勝ちで)決まれば、もう他の席には移動できない。名札を貼るので誰の席かは判るようになっている。当然席同士は離れている。舞台裏施設の頗る狭い奏楽堂だが、ちゃんと人数分はできているようだ。

舞台では奏者同士の距離は1.2〜2mに間隔が開けられ、弦楽器奏者も譜面台は1人1本ずつ。今回降り番の多い自分は、そんな全体を客席側から眺めてみたが(目が悪いせいもあり)殆ど違和感はなく、いつも通りに見えた。因みに今回は客席も着席NGである。消毒業者によれば「1席幾ら」という料金だそうな。

普段は出演者達の寛ぎのスペースも、今回はこんな状態。個人用指定席が壁に向かって設定されている。

今回、自分の出番は「運命」の第4楽章のピッコロのみである。普通ならウェーバーの2nd.Fl.にも乗ったりするのだが、それだと曲毎に席を移動しなければならないので、今回は避けておいた。実際、ホルンセクションには移動があったが、そうなるとスタッフが椅子と譜面台を丸々交換していたので、かなり手間がかかっていたようだ。

ところで前記事にも書いたが、座奏の場合フルートの飛沫はどうやら譜面台を飛び越えることはなく、下方に飛ぶようである。なので自分は今回透明シートを適当な長さに切って譜面台の下辺に取り付け、帰る時に消毒。もしかしたらこれは他の管楽器にも必要かも知れないが、まあ強制はできない。

飛沫防止の透明シートをクリップで止める。指揮者もマスクをし、マイクを使って喋る。

そして本番

指揮者のT先生曰く、マスクの脱着は本番でも自由との事。確かに本番では奏者は喋らないが、今やマスクについては最早本番でもどちらがマナーなのか判らない。なので、自分は第3楽章までは付けていた。因みに指揮者とソリストは本番では外し、弦楽器の人達はまちまちだったか。

そして開演。千席以上ある奏楽堂だが、今回はほんの50人程が来場。しかも正確には「お客様役」のG大の職員等。勿論間隔の開いた指定席。ちゃんとリハがあったから勿論バリバリの真剣な演奏、両曲共盛り上がった。盛り上がったが、50人では大拍手でも寂しいのは仕方ない。「ブラボー」すら言えない状況である。そんな中、学長さんが一人でスタンディング・オベーションしていたのがとても印象的であった。

そして今後は...

この試演会は、今後この状況下でコンサートが安全に開催していけるのかという、大切な催しであった。主催者・スタッフ・楽員・そしてお客様から様々な意見を聞き、協議しながら今後につなげていく。そういう意味では実に有意義な時間であった。スタッフの方々にはとても感謝している。

ただ、だからと言ってすぐにマーラーや第九などがドカンとできる訳ではなく、それについてはとても慎重である。暫くはまだまだ、小編成や無観客配信などの試みが続くであろう。いよいよ「満席OK」とされる中、その点は他の商業オケよりも慎重過ぎるようにも思われるが、「感染者を絶対に出さない!」という確固たる姿勢が表れていると思う。

尤もGフィルの場合、お客さんが少なくて拍手も疎らという状況は何も今に始まった事ではない。指揮科の学生による学内演奏会や卒業演奏会等では既に何十回も経験しているし、20年以上昔に外のホールで定演などやっていた時もそうだった。そもそもGフィルは教育の為のオーケストラであって、チケット収入のみに頼っている訳ではないから、そこは割り切っていかねば。特にこれからは。

フルートを吹く際に飛沫が拡散しないようにという目的で、この度某楽器店が「セーフティガード」なる物を発売したので、早速買って検証してみた。

パッケージには分解された状態で入っていて
組み立ててから付属のシートを被せていく

驚いたのは値段で、これで税別3,000円もする!“百均”で買えそうな代物だが、まあ形状とかサイズとか楽器へのフィット感とか、いろいろ研究と努力の結果の価格なのであろう。

付属のシートは10枚入っているが、30枚で税別500円というパッケージが別売りされている。まあ、被せる形でなければ、自分でも何か代用品が作れるかも知れない。

さて、早速これを頭部管に付けて吹いてみる。

装着の際、角度に気を付けなければならない。結構強い力で管に纏わり付いているので、調整しようとすると頭部管も一緒に回ってしまう。このシートではどの辺りに飛沫が付着するのか判らないので、丁度良い角度が決まらない。

そこで、このシートの代わりに商品が入っていたセロハンを同じ大きさに切ってはめ込み、一通り吹いてから飛沫の跡を検証してみると…意外と飛沫は下の方に飛んでいた。

赤い印の所に集中していた

これに合わせると、前から見て唇が隠れる程上げなくとも良い事が判明した。勿論唇からシートまでの距離は気道を邪魔する程近くもなく、発音にも影響はない。強いていえば、高音やPPの時に顎から首にかけて風が当たるのが面白い。これはこのシート面に当たった息が、アーチ状にはね返って来るもので、冬には寒いかも知れない(笑)

前面から唇が見える位まで下げても大丈夫

ともかく、これで発音時の飛沫シャットアウトという効果はあると思うが、実演に於いては致命的な欠点がある。それはもう、付ける前から薄々解っていた事だが、楽器の響きがかなり減少するのだ。頭部管の先端部分は実は楽器の響きを作るのにもの凄く大切な所である。メーカーも多分そこは心得ていて、楽器との接点部に相当気は遣ったと思うが、その精一杯の結果がやはりこれだ。

まあ、これを装着するのはレッスンとかアンサンブルの練習とかに限られるであろう。ウィルス拡散防止の為に、昨今はリハ会場やレッスン室でもアクリル板やビニールシートが設置されるようになっているが、万が一そういう環境でない時の緊急用として携帯ておくと便利、という程度か。

という訳で、検証結果をまとめてみる。

  • 【利点】
    演奏時の飛沫のシャットアウトができる
    脱着が簡単
    ちょっとしたスタンドにもなる
    軽量なので分解して携行できる
  • 【欠点】
    楽器の響きが止まる
    コストパフォーマンスが悪い
    見た目がみっともない

ただ先述の通り、これを試した事で飛沫の飛ぶ方向が解ったのは収穫だった。そもそもどんな楽器でも、より響かせる為には「なるべく触らない」というのが極論である。なので今度この「飛ぶ方向」を踏まえて「楽器に装着しない」別の方法を、自分でも考えてみようと思う。

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COVID-19の感染第2波の真っ只中だが、徐々に対面レッスン再開の世の中である。

自分が講師を務めている「MFLC」では7月に再開された。しかし感染防止を徹底する為、以下の対策がなされている。

通常は曜日あたり7〜8クラスだが、それを半分の4クラス程度に抑えている。何故なら、生徒さん1人のレッスンが終わる度毎に部屋を替えて換気をし、そのため講師1人につき2部屋が必要になるからだ。
部屋から出たら、それまでに使っていた部屋はスタッフさんが徹底消毒してくれる。毎回毎回、大変な作業で敬服する。
従って各クラス共に、レッスンは隔週で。それでも最近は二週間なんてあっという間に感じられるようになってきたが。

講師・生徒共に「検温」がある。先ずこのレッスンセンターのあるビル自体に入る際に(ちょっと強い口調の)自動検温機で1回、次に受付でもう1回。37.5度以上はNGだが、尤も別にコロナ禍でなくとも、そんな体調の悪い人には無理してレッスンには来てほしくないものだ。

そして入室の際には手洗い・うがい励行、またアルコール消毒液も常時置いてある。

各部屋にはビニールシートの仕切りが設置され、受付にもアクリル板が。待合室の椅子には離れて座るよう注意書きがされ、生徒さん同士が対面しないようにセッティング。
自分の場合、生徒に何かアドヴァイスをする場合は伸縮自在のポインタで遠くから楽譜を指し、注意書き用の筆記具も生徒さんとの共有は避けている。
レッスン中でも自分は、自分が吹いて見本を示す以外はマスクをつけて喋っている。兎角レッスンセンターの冷房はキツくて寒い位なので、マスクが暑苦しいということはまずない。

しかしながら、今のところはこれで何とか順調にやっていけるものの、生徒さんの技術レヴェルによっては限界もある。例えば全くの初心者の場合、姿勢・楽器の持ち方・マウスピースの角度や唇の形等を指導する際には、この「ディスタンス」がかなり弊害になるであろう。

オンラインではない、折角の対面レッスンなのだから、こういう場合の最善の方法を自分としても考えていかねばならないと思う。

とにかくこのように、ここの感染防止対策は徹底していて素晴らしい。コロナだけでなく、インフルエンザとかノロとかもまずここでは流行ることはないだろう。

だが一方、以前は賑やかで笑い声も聞こえた待合室も、今では何だかひっそりしている。そのせいか、照明はいつも通りの筈なのに、何となく薄暗くなった感じが否めない。

「音」を「楽」しむと書く音楽、やはり音楽は楽しい気分の中で作り出されていくのがいい。早く元のあの明るく活発な“空気”がここに戻ってくるような世の中になってほしいものである。

今日は父の命日であるが、同時に菩提寺の施餓鬼会の日でもある。つまり、毎年8月13日は直接お寺にてお経をあげながら、同時に亡父を偲ぶ事ができる。1年365日の中でも、ドンピシャな日に亡くなってくれたものだ。だが今年は…

今年の施餓鬼会はかなり規模を縮小して行われるそうだ。理由は言わずと知れた例のウィルスである。毎年、菩提寺の本堂は多くの檀家さん達が集まって所謂『三密』状態になるので、今年は原則として今年新盆を迎える檀家さんのみ。それ以外はできれば御墓参りのみにして欲しいとの事。

至極もっともである。仮にお寺から何のアナウンスがなかったとしても、今年はあんなに人が集まる所には行きたくない。

いくら野外でも灼熱の炎天下、マスクをつけてせっせとお墓の掃除なんて、考えただけでもクラクラする。

なので今年は、今日行くのはやめにした。例年だと自分達家族と、妹一家とで出席して、帰りに小洒落た洋食屋で美味しいランチを堪能してから帰るのだが、今年はつくづく寂しいものだ。

つまるところ本日は「迎え盆」なのだが、両親にとっても今年に限っては下界には降りて来ない方が安全というものである(笑)申し訳ないが天国にて大人しくして頂こう。

…あれから14年か…

14年前の今日は大変な一日だった。救急車を呼んだり、家族や妹を呼んだり、葬儀屋さんと打ち合わせしたり、、、

何よりキツかったのは親戚への連絡だった。父は兄弟からもの凄く慕われていた。その豪快かつ曲がった事が大嫌いという性格故、親戚中の人気者だった。その一人一人に訃報を伝えなければならない。電話で伝える度に、向こうのショッキングな空気が痛い程こちらに伝わってきた。

既に母は他界しているので、喪主は自分だ。当時43歳。遠路はるばるお越し頂いた親戚の方々を前に、悲しむ隙もない程緊張していた。できればこんな役はやりたくないものだが、人生、避けては通れない道というものもあるものである。

現在はその親戚からも既に訃報があったり法事があったりで、つくづくこの時の流れを痛感している。

加えてこのCOVID-19。何にしてもおいそれと人が集まれない状況、増してや地方の親戚には会うことすらままならないとなると、何とも不安でたまらない世の中である。自分の叔父・伯母等は当然ながら皆高齢者。もう二度と会えないなんて事にならないよう、早期の収束を真に願う次第である。

TIBIA(ティビア)木管五重奏団。自分が30代の半ば位まで組んでいたアンサンブルだ。確かハタチの頃、G大の同期生同士で結成し、学内学外のコンサートに出演し、室内楽コンクールで入賞もしている。各メンバーは現在プロオケや大学教員等、それぞれの分野で活躍している(因みに当時のファゴット奏者は、昨年リリースしたCD『クロイツェル&フランク』のディレクターである)。

TIBIAの5人は普段もとても仲が良く、大学ではよく昼食を共にし、呑みに行き、そして合宿もした。合宿とはいっても、その殆どは呑んでばかり遊んでばかり。一応楽器は持って行った、という程度である。当時の合宿所は群馬県片品村にあるこのファゴットMの別荘がメインだが、彼の伯父さんの別荘というのも使わせて頂いていた。こちらは北軽井沢にあり、どちらにしても衣食住は自分達で賄い、それなりに楽しかった。

別荘の前の道路にてスリル満点の合奏をしてみたり…

さて、自分がG大を卒業した1985年の 8月の或る日。我々TIBIAはこの北軽の別荘の方で避暑に行っていた(最早“合宿”とは呼ばない)。この別荘にはTVが無く(正確には立地上TV電波が入らない)、外部からのメディアといえばラジオのみ。それもNHKしか入らない。スマホもネットも無い時代、なのでなんとなくこの「NHK第1放送」をBGMに酒を飲んでいたが…

今日はやたらとニュースばかり流すなぁ…と漸く耳を傾けてみると、アナウンサーの口調は静かなのに内容が衝撃的過ぎた。「羽田発大阪行きの日本航空123便ジャンボジェット機が群馬県の御巣鷹山に墜落しました。現在生存者は4名、客室乗務員の◯◯さん、小学生の◯◯さん…」耳を疑い、メンバー一同絶句していた。その後の自分達の事はあまり覚えていないが、帰京中の関越道からはおびただしい程のヘリコプターが飛び交っているのが見えた。きっとレスキューや報道のヘリなのだろうな。

あれから今日で35年。自宅に着いてからのTV、新聞、週刊誌などにはショッキングな画像が連なっていたのは今でも忘れない。生死に関わらず、あの便に乗っていた方々の恐怖は計り知れないものであっただろう。自分だって飛行機に乗っている時、特に離着陸の時には幾ら何も無くても一瞬緊張するし。

だが仮に、今日一日ネットもTVも何も観ていなかったら、この日の事は忘れていたかも知れない。どんなに悲惨な事故でも、このように35年という歳月は風化や忘却をアシストしてしまいそうだ。しかしそんな中…

最近我が家のまさに真上を旅客機が低空飛行するようになった。午後3時から6時位まで、何分かおきに「ゴーッ」という轟音が空に鳴り響く。令和2年度より開始された「羽田着陸の新ルート」だ。実はこのルート、操縦士にとってはかなりのプレッシャーで、着陸時の角度がそれまでよりもキツイらしい。

今やジャンボジェット機はとても安全な乗り物と言えるかも知れない。しかし一方、自分の中に(あんなに重い物体が浮く筈がない)という概念が残っている以上、くれぐれも自分の家に落ちてこない事を祈るばかりである。

荒木飛呂彦さんの人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の第5部に出てくる“ラスボス”の能力は「時間を数秒消し飛ばす」事ができて、その間に攻撃できるという恐ろしいものである。現在の自分はまさにその「数秒」どころか、数ヶ月が一気に消し飛ばされたような感覚だ。

いつの間にか今月も半分過ぎているではないか。自分が何か仕事した記憶といえば、あの「偉大なるオーボエ奏者」の記事にあったブラームスのVn.協奏曲の時で、あれ以来5ヶ月もの間ステージに立っていない。

確か今日もモーニングコンサートで、初の箏曲の伴奏の本番があった筈だ。数えてみると今日までに出演予定だった15公演が消え、この先も実質9月一杯はキャンセルとなるであろう。

新型コロナウィルス感染症COVID-19は、例年自分に関する様々なイヴェントを消し去ってくれた。小中学生の為の音楽鑑賞教室・受難週音楽礼拝・春合宿・夏合宿・吹奏楽コンクールetc…とにかく人が“集まる”ものは総て中止、淋しいものである。

元々自分は出不精なので、そうなると本当に不要不急の外出はせず、殆ど自宅で音楽研究・作編曲・そして音や映像の編集等をしていてその成果をサイトで公開もしているが、とにかくこれが逆に忙しい。しかしながらそれらの事をしていた経緯が、今となっては夢の中の事のように思えてならない。外で仕事するよりも家に居る時の方が、時間の経過が遥かに早く感じられ、一日一日があっという間に過ぎてしまい、そのペースについていけないもう一人の自分がいる。今日現在は梅雨明けの兆候もなく、肌寒ささえ感じる雨空が続く。そのせいでもあるのか、体感的にも夏が来たという感じがしない。朝起きて「今はまだ5月位かな?」なんて思いながらカレンダーを見て「え!?」と驚く有様である。

国内では「緊急事態宣言」が出され、延長され、そして解除された。解除されたらまた感染者が爆発的に増えた。そんな中で先のイヴェントが秋以降、いや来年以降でも復活する見込みはあるのか?感染拡大も恐ろしいが、同時に危惧されるのはイヴェントの中止に伴うモチベーションの低下だ。子供も大人も。「家で頑張る」のにも限界があるだろう。なんとかそれを防がねば、早いとこ復活してくれなければ…つくづく思う今日この頃である。

あれから10年も経ったのか…

日曜大工が趣味で家の中のいろいろな物を手作りしていた自分だが、最近はあまりやらなくなった。というのも、別に作る物がなくなっただけで、強いていえば修繕とか塗り替えとか、そんな程度。それに何よりも「作る」対象が「家具」から「曲」に移ってきて、本腰入れて日曜大工をする程の時間が次第に少なくなってきた事にも因る。

そんな中、自宅のすぐ近くにあるホームセンターが今日を以て閉店してしまった。約3ヶ月程前に「閉店セール」が始まったのだが、それにしては全然閉まらないなぁ…と思い、店員にいつ閉店するのか訊いてみた。曰く「商品がなくなるまで」との事。

このホームセンターは全国チェーンで有名だが、実は自分が学生時代からの“付き合い”で、実家の近くにある同系列店舗に足繁く通ってはいろいろと買ってきたものだ。元々この手のDIY店が大好きで、別に用が無くとも何となく店に吸い込まれていたものである。

なので10年前、自宅から僅か300m程のJRのガード下にこの店ができた時はメチャクチャ嬉しかった(この気持ちは多分誰にも解ってもらえないだろう)。それまでは自転車で15分程の隣町のDIYチェーンまで、わざわざ足を運んでいたから。

早速ポイントカードも作った。ところがこのポイントカード、全然使えない酷い代物だ。200円買って漸く1ポイントたまり、500ポイントで漸く500円分の買い物券が貰えるという。って事は10万円も買わないとたまらないし、各年末には失効してしまう。幾ら何でも1年にそんなには買わない。とんでもない詐欺カードである。カード会員には年7〜8回優待期間があるが、それでもせいぜい5から10%位。消費税が付いたらさ程変わらず、こんな阿漕な商売やっているから客足が離れて潰れるのだ。加えてこの度の「コロナ自粛」、ある意味これも閉店の引き金になったのかも知れない。

閉店当日のまさに閉店時間に、たまたま自分は通りかかったので、最後にもう一度店内へ。既に3拍子の「蛍の光♪」が流れる中、商品の“投げ売り”でもしていないかなぁと期待してみたのだが、別にそんな事も無いようなので虚しく店を後にする。

既に幾つかの商品棚は空になっている

今後また隣町まで行かねばならない訳ではなく、実は近所に別のホームセンターが数年前にできている。こちらの方が木材の種類も豊富で、オケで使う自分専用の箱馬の材料などは全部こちらで揃えたりした。今度はこちらが専用になる訳か。くれぐれも潰れてほしくないものである。

MacやiOSデバイスを買うと中に入っている「iMovie」はビデオ編集用のソフトである。これのお蔭で色々な動画を編集してきた。但し、複数の動画を同時に表示するには限界がある。

そこで今回新たに「Final Cut Pro X」という動画ソフトを買ってみた。あれこれ試しているうちに、これは自分の想像を超える凄いソフトだという事が解ってきた。

昨今COVID-19の影響で、音楽動画界でも「リモート・アンサンブル」が酣(たけなわ)であるが、これはオンライン・ミーティングとはまた別で、各人が自宅で撮ったパートを1ヶ所に集めて編集&公開するというもの。この「Final Cut Pro 」はまさにこれにうってつけのソフトであり、自分も本腰入れてこれで編集作業を始めた。

作曲と自録り

先ずはフルート・アンサンブルの為に、このリモート用の曲を「Logic Pro X」で作曲。今回は5パートにピッコロとアルトを加えた計7パート。ライヴ用ではないので、折角だからこれにシンセサイザーや効果音を加える。

現在のこの状況を表現した曲構成にしたが、題名はどうしよう…?
「増殖」
「パンデミック」
「オーバーシュート」…
どれもリアル過ぎて痛い印象。あれこれ考えた末、
「希望の光」にした。

次にこれを自分で実際に吹いてみて、全体の印象を確かめる。全パート録音し「GarageBand」でミキシング、デモ演奏を完成させる。さて今度は、各メンバーにこれを吹いて貰うのだが、終始テンポの変わらない曲(♩=60)とはいえ、何せ新曲なので曲想的なものは多少伝えておかねばならない。そこで、単にテンポだけではなく「指揮動画」を作成。クリック音・小節番号をミックスして、各メンバーにはこれを見ながらパート譜を吹いてもらうために。

数字は「今何小節目を振っているか」を表わす。(年齢ではない)

動画の編集

こうして各メンバー宛に担当パート譜・指揮動画・そして自分のデモ演奏をセットにして送る。ただ、この段階ではメンバーはこの曲が全体合奏でどんな曲になるのかは、まだ知る由もない。デモ演奏だって敢えてミックスする前のパートのみ。敢えて全体は伏せたままにし、出来上がりを聴いてのお楽しみ、ということだ。

「送る」といっても、いちいち郵送なんかしたりしない。今は「LINE」の添付でやり取りできる。一瞬で送れる。つくづく便利な世の中になったものだ。

6分半程の短い曲だが、その内訳は3つの部分からできている。メンバーは14名、各部ごとに動画を送って貰ったので動画は全部で42本にもなる。先ずはそれを全部Macに取り込むところから始まる。

自撮りの方法については特に指定をせず、極めて自由に録音録画して貰った。すると、メンバーは皆自宅だから、それぞれ色々なシテュエーションがあり、それはそれで面白い。縦動画・横動画・やけに音量が大きかったり小さかったり、妙に姿が遠かったり、半分以上が譜面台だったり、動きが大きくて画面からはみ出したり、バックグラウンドでTVの音が入っていたり…
何より、ほぼ全員の表情が何となく困惑している感じだ。無理もない。いきなり新曲を出されて、どんな曲か判らないまま吹かされているのだから(笑)

ここでいよいよ「Final Cut Pro X」起動。各画面の大きさや位置を微調整しながら、動画を“切り貼り”していく。各奏者のそういった情景の違いは、しかし「リモート・アンサンブル」の特徴でもあるので、敢えてその辺をうまく活かして配置。自分のMacbookは画面が16インチもあるが、それでもかなり細かい作業なので、思わずメガネを外して画面に顔を近づけて…。

時折Macbookが「Wooo〜」と唸っている。やはりこの仕事、かなり負荷がかかるのか、熱を放出する為にファンが全速力で回るのだ。その度に“お釈迦”になった 先代(Macbook Air)を思い出し、作業を中断して休ませてあげたり。

Final Cut Pro X の編集画面

動画の追加と楽しいEffect作業

一方で、自分もこの曲にキーボードやシンセサイザーで参加するので、その音楽作りも同じ「Logic」で進める。打ち込み音符による自動演奏と、実際に弾いて録音したものの2種類を準備しておく。

そして背景やテキストなどのエフェクトを加えていくが、これがなかなか楽しい。Final Cut Proにはかなり沢山のパターンが含まれているが、それとは別にもう1つ「Motion」という動画用ソフトウェアに活躍してもらって新たなエフェクトを加える。これもまたかなりの優れものだが、使いこなすのは大変そうなので、元々のテンプレートにちょいと手を加えたアニメーションを作って貼り付ける。

最後にもうひと工夫ほしい。美しい自然を描写した映像はないか?花とか雲とか湖とか。ネットで拾ってもよいのだが、そこはいっちょ“取材”してみるか、という訳で近所の公園にiPhoneを持って出かけてみる。既に季節的には花の時期もそろそろ終盤だが、それなりに適当な材料が得られた。

 

サウンドの編集

映像がほぼ完成したところで、今度は「音」の編集だ。一つ一つの動画から音声だけを切り離し、タイミングや音量のバランスを微調整していく。ただしこれには流石に限界がある。

「GarageBand」で編集したので、ソフトの能力的な限界もあるが、それよりも1箇所1箇所細かく揃えるにはあまりにも時間がかかり過ぎるのだ。ピッチだって揃っていないが、そもそも各々独りで吹いているから合わせようがない。

なので、大体のところで妥協しながら進めていく。タイミングもあまりにいじり過ぎると、今度は映像とずれてしまうし。

仕上げ そしてアップロード

このようにして出来上がったフルートアンサンブルだけの演奏データ・自分のキーボード演奏のデータ・そして幾つかの自動演奏データを映像に重ね合わせていく。各奏者の細い指の動きを見ながら、音とタイミングがずれないよう、またもやメガネを外して画面に釘付けになりながら。。。

最後に制作テロップを付けて作業終了。曲の発想からここまで約2ヶ月。一つひとつの作業にいちいち時間がかかったのは、何もMacbookのCPUのみならず、自分の頭だって沸騰するので常に休みながらやっていたからだ。

かくして、テレワークの為のアンサンブル動画:“えむ”の「希望の光」が完成した。

出来上がった動画は、先ずメンバーに配信。諸所確認してから次にYouTubeにアップロード。それがこれである。

衝撃的な事実

…それにしても幾ら最新のマシンとはいえ、やけに最近Macの動きが重いし唸るし、、やっぱり次第に負荷が多くかかったのかな〜と、ふとストレージを見てギョッとした。

何と500GB以上持っている筈なのに、もうあと50GB位しか空いていないではないか。要するにこの「希望の光」関連のデータだけで、何と330GBも知らぬうちに占領していたのである。

アップロード終了後、そんな訳でこの330GB分は外部メディアにごっそり移して、我がMacbookは何事もなかったかのようにスッキリとシェイプアップ。因みにデータ転送には、USB-Cの速さを以てしても1時間程かかったか。

…来年の今頃はどうなっているか判らないが、とにかくホールは確保しておきたい…

今日はそういった人たちばかりが集まっていると思う。
さいたま市文化センターでの、来年度のホール獲得抽選会だ。2021年度5月と6月分。先月は「緊急事態宣言」中だったため抽選会が行えず、従って今回2ヶ月分の抽選会となった。

いつもなら大会議室で行われるのだが、今回は1階の展示室にて。何故なら大会議室よりも広いからである。中に入ると、その広い空間に椅子が等間隔できちんと並んでいる。前後左右1〜2m位か。

申込用紙に記入するボールペンは、一旦使ったら使い回しにならないよう、所定の箱に集められる。受付用のテーブルはビニールシートが施され、申請者が座って立ち去る度毎に別の職員がテーブルを消毒。

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と、徹底した感染防止対策ぶりであるが、肝心のクジはそのまま他人が触った物を使い回し。番号のついた棒を抜き取るので、まあ余程あれこれと掻き回さない限り大丈夫だとは思うが。

自分はそれでも1本引いた直後に自前のジェルで指先を消毒しておいた。

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ところで結果だが…敢えなく敗戦。3年前の埼玉会館で自分は運を使い果たしてしまったようだ。2ヶ月分だったから確率は高いゾ、なんて期待していたのだが。

ただ、後日埼玉会館小ホールが獲れた。という訳で、2021年6月13日(日)にソロの発表会を予定している。

ソーシャル・ディスタンスとオーケストラ

日曜日 , 31, 5月 2020 ソーシャル・ディスタンスとオーケストラ はコメントを受け付けていません

COVID-19によって前世界が暗黒の霧に包まれている。日本は当初は何とかゴールデンウィークまで我慢すれば、という楽観的な見解だった。
ところが実際は周知の通り。感染拡大を防止する策のとして「三蜜を避ける」「他人同士が一定の距離を保つ」という世の中になった。

これによって、世の中の経済も大打撃を受けることとなったが、飲食店などは「感染防止対策をしっかりとした上で」再営業できるようになったからまだ良い。しかしお客さんを一堂に集めて、という業種はなかなかそれが難しい。つまり、音楽や演劇等のエンターテインメント系がそれである。


もう少し掘り下げて考えてみる。「他人との距離を1〜2m開ける」というソーシャル・ディスタンスは、考えようによってはお客さん側はできなくもない。ホールなどでは少なくとも2席、そして1列は空ければ鑑賞できると思う。尤も満席に比べてチケット収入は3分の1程になってしまうだろうが。
では出演する方はどうか?コンサートの場合、ソロリサイタルについてはまず問題ない。少人数のアンサンブルは?これが微妙だ。奏者がお互いそんなに間隔を空けちゃうと、かなり合わせ辛いと思う。それでも背に腹は替えられぬとやったとしても、客席にどう聞こえるのか?多分かなり音が散らばって、相当な違和感を与えてしまうだろう。それに、このリサイタルにしてもアンサンブルにしても「ホール」が前提であり、サロンなどは三密だからもうアウト。昔は自分も港区の地下のスタジオでよく木管五重奏のコンサートなどやっていたが、今あんな事をしたら「クラスター」を起こしかねない。

さてそんな訳で、一番問題なのがオーケストラと合唱だ。今後どのような感染防止対策をすれば良いのだろうか?
ポイントは奏者の間で唾液や汗の飛沫がかからないという事だが、そもそもそんなに届くものだろうか?弦と打楽器奏者は管楽器奏者よりも演奏時の体の動きが大きいので、強いて言えば唾液よりも汗、逆に管楽器奏者は汗よりも唾液に気をつけるべきかも知れないが、基本的に管楽器奏者の口は塞がっているので、唾液はまず飛ばない。筒先から飛ぶなんてのは、素人による大いなる誤解だ。唯一塞がっていないのはフルートだが、余程変な吹き方をしない限り、唾液が譜面台を通り越して飛んでいく事はない筈だ。
とにかく器楽は演奏中に声は出さないものである。となるともう一つのポイントは汗だ。本番中はライトを浴びると冬場でも暑く、場合によっては汗だくになる。オケ奏者が今後気をつけるべきはこちらの方で、空調も含めた何がしかの制汗対策や、演奏中の過度な動きにも気を配った方が良い。
日本のオケはしかしながら、得てして各演奏者の動きは小さいと思う。というのは(自分もそうだが)指揮者以外の人にあまり大きく動かれると、視覚的に邪魔で演奏し辛いのである。
某ヨーロッパのオケなどは各人がもの凄い動きで、身体全体で音楽を表現しているのが印象的だが、善し悪しはともかく何もあんなに動かさなくても音楽は表現できるというものである。

要するに自分が思うに、オーケストラは各奏者が感染防止対策に気を配りさえすれば、演奏可能ではないかという事である。お客さんだってロックのコンサートみたいに立ったり大声を出したりしない訳だし(強いて言えばあの『ブラボー!』だけ控えていただければ)。
だがその場合、一番対策しなければならないのが指揮者だ。リハーサル中はもとより、本番でも汗や唾がジャンジャン飛びまくる。マスクをし、アクリル板で囲っておかないと弦楽器の前方のプルトには被害が及ぶであろう。

とはいえ、こうもあちこち営業自粛・イヴェント自粛とうたわれると、やはりオケは元よりどのコンサートもできないのが現状である。プロオケだってコンサートしてナンボという以上、実質収入はゼロ。それが何ヶ月も続くと、経営不可能に陥ってしまう…。
遂に各プロオケが寄付を募り始めた。募っているのは放送局や新聞社や自治体などのバックアップのない、自主運営のオケだ。ここで極めて素朴な疑問だが、例えば◯◯フィルが「潰れそうです。お金を恵んで下さい」ときた場合「◯◯フィルが無くなったら本当にヤバい。困る」として寄付する人はどれ位いるのだろうか?それでなくても日本には、特に東京には凄い数のプロオケが集まっているので、1つ2つオケが消えても、蚊に刺された程度にしか思っていない人も多いかも知れない。そもそもこの不景気、人に寄付するより自分の食い扶持を何とかしなくては、という人がおそらく大半を占めているだろうし。
実際のところ、どれ位寄付が集まっているのか?詳しいデータは知らないので何ともいえないが、多分何処も“焼け石に水”で経営陣は頭を抱え、楽員は不安を抱えながら家でさらっている…という構図が眼に浮かぶ。

今はまだ全く収束の兆しの見えないこのCOVID-19であるが、近い将来は必ず元の生活が戻ると信じている。マスクもソーシャル・ディスタンスも不要という元の生活が。ただ、それまでの間は、プロオケやミュージシャンは音楽を別の方法で売るという“生き方”も必要なのかも知れない。例えばネットやメディアによる配信等。無論“生音”に勝るものはないが、今はそんなことは言っていられないだろう。既に寄付だけに頼らず、生き残る為の何がしかの手を何処の団体も打っているとは思うが。

しかしながら、やはり音楽仲間はお互い助け合いたい。
自分が嘗てお世話になったプロオーケストラの「寄付」のページを貼っておこう。