ソロ・アンサンブル

最後のリサイタル

自分がフルートを習い始めたのは1974年の夏。大宮のとある楽器店にて親に買って貰い、そのままその楽器店の音楽教室に入会し、その後電車に乗って週一で通っていた。

そんな日々から早くも半世紀が経った。昨年の秋に「そういえば来年はオレ、フエ吹き始めて丁度50年じゃないか!?」と気付き、この節目の年にやるべき事といえば…やっぱりリサイタルしかないでしょ!と、早速開催に向けて計画を立てた次第である。

自分のリサイタルのコンセプト

最初のリサイタルは確か1990年の冬。その記念すべき第1曲はバッハのソナタだったが、一般的にあまり演奏される事のないBWV1032を選んだ。他にヴィラ=ロボスの「ジェット・ホイッスル」でチェロとの二重奏をしたり、シュトックハウゼンの「友情に」で舞台を歩き回って吹いたりした。

第2回はハープとの共演、そして自作曲をパソコンを操作しながら吹くという珍しい試み。

第3回は前半は邦人作品・後半はピッコロで自作を2曲。

第3&4回はギターとのデュオコンサート。ここでも自分の編曲作品を何曲か捻じ込んだり、ピッコロやアルトフルートを持ち出して来て吹いたりもした。

第5回は全プログラムをヴァイオリンやチェロ等、元々弦楽器の為に書かれた曲を演奏した。

…要するに、自分のリサイタルは「湯本洋司のリサイタルでしか聴けない」というプログラミングと演奏をモットーにして来た訳だ。

さて、今度のリサイタルはいろいろ訳あって、50年という節目と同時に、これを我が人生での最終回としようと決めた。そしてこの最後のリサイタルでは、上記のようにあれこれ工夫を凝らしてきたこれまでの回とは全く異なり、完全にフルートだけで、フルートの為に作られたオリジナル曲のみ、という“直球勝負”でいこうと思った。とはいえ、自分なりのカラーはやはり出したいので、二つのコンセプトに拘った。一つは自作の新曲を初演する事。ということで、今回のプログラムはこのように決まった。

1.シューベルト作曲 序奏と「萎める花」の主題による変奏曲
2.ゴーベール作曲「ファンタジー」
3.ケーゼ作曲「タンゴ・ファンタジア」
4.拙作「涙」「渚」「光」
5.ジーマン作曲 ソナタ第1番

さてそして、もう一つのコンセプトとは…

全曲暗譜

一番最初にシューベルトのいきなり15分もかかる大曲を組み込んだのには、理由がある。白状してしまうが、自分がこれまで聴衆の一人としてこの曲を聴いた時に、残念ながら最後まで“起きて”いた事がない。逆に、この曲をお客さんを飽きさせずに聴いて頂くにはどうすれば良いか…実はある意味“往年の課題”でもあった。

それだけではなく、1つのコンサートを最初から最後まで、集中して聴いた事が自分にはどれ位あったか?また逆に自分が出演した演奏会の中で、寝ているお客さんを見つけちゃった事はどの位あったか?

…話は変わるが、50年吹いてきて漸く自分はもしかしたら暗譜が比較的得意かも知れない、と気づいた。暗譜についてはこれまでも記事にしたり、いろいろなエピソードもあるが、とにかく今回も全プログラム憶えて、目線をちゃんと客席に向けて吹く事、これこそが最後までこちらに集中して楽しんで頂く条件かな、と感じた訳だ。

尤も、これまでのリサイタルも既にほぼ全て憶えてきた。新曲・現代音楽や、ピアノ以外の楽器との二重奏は便宜上譜面台を立てて吹いていたが、全て楽譜は憶えていて、今回もその暗譜路線を貫くのみ。しかしながら加齢と共に忘れっぽくなっている事も認識し、今度は相当確実に憶えておかないと恥をかくな…と覚悟して望んだ次第である。

本番に向けての準備

顧みれば初リサイタルの頃である1990年代は、チラシの印刷から共演者との連絡まで、さまざまな部分でアナログであった。例えばチラシの作成については、元原稿を印刷業者に直接提出して、下刷と修正を繰り返してやっと本刷りとか、リハーサルのコーディネイトは共演者とのスケジュール合わせやリハーサル会場の確保etc.全て電話やファックスで行っていたし、案内状の郵送料も結構かかっていた。

それから30年あまり経ち、今やこれらの作業の大部分がインターネットやSNSでできるようになり、時間と経費が大分節約できるようになった。そもそも自分の場合、チラシは自分で一から作るのが好きで、無料で入手できる各種素材や、画期的なグラフィックのソフトウェアがかなり役に立った。こうして出来上がったPDFデータを大手のネット印刷業者にネットで入稿すれば、ものの1週間で仕上がって来る。しかも綺麗だし、何といっても価格が激安だ。とはいっても、紙のチラシの配布先も大分少なくなり、あとは全てメールやSNSでのチラシデータの添付で済む。とにかく何から何まで、インターネットのお蔭で効率が上がり、その分余った時間は練習に集中できるというものだ。

市のピアノ

伴奏は高校の時からのクラスメイトで、しかも同じ市内に在住のピアニストに弾いて頂く事が決まり、早速スケジュールを調整する。その際、リハの場所は市内の公共施設内のスタジオをいくつかおさえた。これも市民ならかなり安価で借りられる。借りられるのだが…

とある立派な公共施設の音楽室を先ず何日分か予約できた。ここには立派なグランドピアノがあるので、本番まではずっとここで調子良くリハが繰り返せると思ったのだが…一筋縄ではいかなかった。意外にもこのピアノの状態が酷過ぎた。まるで何年も調律していないかのようで、ピッチも音色も聞けたものではない。ピアニストも流石にこれではお手上げのようで、改めて別の施設を予約し直した。そのピアノも完璧という訳ではないが、前の施設よりははるかにマシであった。

この両施設共、ステージでのコンサート用には超一流メーカーのグランドが備えられているのに、リハ室ともなるとこの為体だ。施設のスタッフはピアノを譜面台やスリッパと同じただの備品と考えているとしか言いようがない。もっと楽器を大切に思ってくれる館長が一人位居ても良さそうなものだが…。

ありがたき心配

さて、リサイタル会場の「スペースDo」はこれまでに2度使わせて頂いたが、可動式の座席が100余と割とコンパクトなホールなので、アットホーム的なリサイタルをするにはうってつけだと思った。ところが今回はとてもありがたい事だが、チケットが130枚程売れ、立見を出す訳にはいかないので販売をストップせざるを得なかった。つまり「完売御礼」である。

そして本番の日。いざステージに上がって客席を見渡すともうギッシリ!最前列までパンパンに膨れ上がった状況に見える。その最前列のお客様には最早楽器を伸ばせば届きそうな距離だ。しかも自分はよりによって暗譜だから、下手すると一人ひとりとバッチリ目が合いそうだ。最前列にはずっと下を向いて聴いているお客様も。だがド近眼の自分には客席全体がボワっとぼやけて見えるので、全く「目が合っている」ようには見えないのだ。暗譜だからメガネは必要ないし。だが今回は何回か間違ってメガネをかけたまま登場してしまい、慌てて外してポケットに入れた様子が、後の録画にバッチリ映っている…

アンコール曲にかける思い

本プロが無事終わり、そしてアンコール曲を2曲。先ず1曲目はドビュッシーの「シリンクス」。今回唯一の無伴奏曲だが、これは自分が芸高を受験した時の「自由曲」として吹いた曲である。しかしながら今思えば、当時未だ習いたてで何も解っていない中学生ごときがこの曲を吹くなんて、無謀にも程がある。その意味では50年経った今、こうしてきちんと向き合って吹くべき曲かも知れない…そんな思いで演奏した。

2曲目はビゼーの「アルルの女」のメヌエット。万人がご存知の最高にポピュラーな曲だが、実はとても難しい曲なのだ。ピッチの正確さ・レガートの滑らかさ・加えて持久力まで求められるので、普段はできれば避けたい曲だ。まさに“定番” 、“王道”を行くこの2曲は、同時に超難曲でもあり、ある意味笛吹きとしての集大成でもあった。

かくして湯本洋司の生涯最後のリサイタルもこれにて終了。全てを出し切ったので、感無量である。

大失敗と大反省

さてところで、このような自主公演は「アフター・コンサート」にもいろいろ気を配らなければならない。その一つが当日終演後の「打ち上げ」で、今回も共演者と同級生を中心に声をかけ、ホールの近くの店を予約して共に労い、楽しいひと時を過ごした。

こうして全てが無事に終えられて、ホッとして帰路に着く…ところが大事な事を思い出した!写真を1枚も撮っていないではないか!さっきの打ち上げやピアニストとの2ショット等、全部忘れた!とても貴重なひと時だったのに…総て後の祭りである。

幸い本番の写真・映像・録音は抜かりなく記録してるものの、その後の楽しい瞬間が一つも残されていない事が、とてもとても心残りであり、後悔と反省の念に苛まれている。

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