節目の年 その2
「〜あの日から25年」「30年」「40年」そして「80年」に充たる「あの日」とは、どうしてこうも悲惨なことばかりなのだろう?と思うが、では自分にとってはどうだったか?やはり「今年で丁度◯年」という出来事が幾つか挙げられる。自分の場合は悲しかったり辛かったりという事柄ではなく、寧ろ良い事もあった。2025年は、どれも自分なりに節目の年ではある。
卒業と就職とコンクール
1985年に自分は大学を卒業したが、家庭の経済事情により、先ずは何処かに就職して学費を貯めてから翌年に大学院を目指すことにした。就職とはいってもいきなりオケに入れる程のチャンスも実力もなかったので、地元の高校の非常勤講師として週3日で通い始めた。8月には名古屋でコンクールがあり、3位だったが初めての入賞で嬉しかった。それから間もなく大学院の入試に合格し、翌年から「教師」と「学生」を両立することになる。
そんな風に様々な出来事があった年から今年で40年。
レッスン室
我が家に遮音室を設置したのは1995年の夏。昭和仕様の古い集合住宅を購入して2年後の事だが、元々この団地は全室二重窓になっていて、更にここに二重窓の遮音室を組み込んだので、換気の為にはいちいち4回サッシを開け閉めしなければならない。また出入り口の分厚いドアは重さが100kgもあって、全部締め切るとシェルターの様になる。
なので、演奏音が外に漏れることはほぼなく、夜更けまで練習ができる。逆に外の音も聞こえない。ある日の夜、カーテンを閉めて練習していて、妙にカーテンが時々光るなと開けてみてびっくり!外はもの凄い雷雨であった。それ程までに遮音効果がある訳だ。
あれから今年で丁度30年。30年も経てばやはりあちこち荒んできた。汚れた壁は1回DIYで塗り替えし、ドアノブも取り替えた、フローリングも傷だらけで、これも修復しなければと思っているが、遮音機能だけは多分落ちていないと思う。
フィットネス
男性の本厄42歳。「この年に何か新しい事を始めれば厄祓いになる」という説のもと、近所のフィットネスクラブに通い始めたのが2005年4月。今年で丁度20年経った。実はこの20年間でクラブを3回変えている。自分の境遇の変化によってなのだが、今は最初に通い始めた所に再び戻った感じだ。
確かにあの厄年の時にこれを始めていなかったら、自分は相当なメタボになっていたかも知れない。しかしながら最近は昔と同じ様なトレーニングがキツくなってきて、走る距離も短くなり、持ち上げる重りも軽くなってきた。そして代謝も歳と共に落ちてきたようで、BMIや体脂肪率がまた上がり始めている。。。
これから…
昨年はフルートを手にしてから丁度節目の50年、という訳でリサイタルを開催した。来年は個人的な事だが自分にとって「あれから20年」という、とても大切な節目の年となる。また、日記を書き始めて満50年となる。今度これについても記事をまとめてみようと思う。