思い出,  日常・趣味

55年前のリベンジ

EXPO2025

大阪万博といえば、まず回想されるのが1970年に開催されたあの「太陽の塔」で有名な最初の博覧会であったが、当時まだ小学校低学年だった自分は、この万博に強く憧れていたものの、遠い埼玉の地から簡単に会場に行く訳にはいかなかった。家族4人で大阪まで行って宿泊するなど、とんでもないという経済状況だったと思う。当時NHKでは「花開く万国博」という番組が放送されていて、ブラウン管に映る会場そして各パビリオンの様子に釘付けになっていたものだ。

そこで自分は大きな模造紙にパビリオンの絵を沢山描いて壁に貼り、それを眺めては“行った気”になっていた事は今でも忘れず憶えている。

あれから55年。再び大阪で開催されているこの大阪関西万博EXPO2025に、自分としてはリベンジを果たすような気分で行って来た。

4月の開幕当初は、いや開幕前から建設が間に合わない・システムの不具合等、色々な問題が指摘されていた。自分が来場する7月末には、その点は少しずつ改善されるだろうとは思っていたが、酷暑と混雑でかなり厳しい状況であろう事は容易に予想できた。

しかし55年前に行けなかった自分は、とにかく来場する事、そしてその雰囲気を味わえればそれでいいという気持ちで臨んだのだが、実際はやはり折角来たのだからという欲が湧き、結局は色々と不満や悔いの残る万博となってしまった。

予約ができない

「パビリオンの入場には原則として予約が必要です」とあるので、サイトの指示に従って予約の申し込みをする。「7日前抽選」で2つのパビリオンに当選したのはラッキーだった。だが抽選無しの先着申込ともなるとほぼアウト。「只今サイトが混み合っています」と、全然繋がらない。やっと繋がったと思ったら、どのパビリオンも既に一杯。当日入場後にできる申込も同じだ。そして予約が取れなかった場合は直接そこに並ぶしかない。いうなればディズニーの嘗ての「ファストパス」と同じシステムだ。

ところが人気のパビリオンはそれこそ長蛇の列。そう、この炎天下にじっと並んで待つしかないのだ。最初はまだ元気だからそれでも何とか耐えられた。だが時間が経つにつれて、このもの凄い暑さが気力体力を消耗していった。並ばずに入れる建物を求めて、ふらふらと彷徨う事になる。

自分は2つの合宿の仕事の合間に来ていたので、どうしても滞在時間が限られてしまう。その結果、人気のパビリオンには2日間で1〜2箇所入れたか。そして目的のパビリオンにはひとつも入れず帰路に立つ破目となった。

「並ばない万博」という思いっきり嘘つきなスローガンは、一体誰が言っているのか。「並ぶ」という動詞を知らない発展途上国の人かも知れない。何処もかしこも行列また行列。パビリオンに入場するのも行列、レストランに入るのも行列、給水所にも行列、お土産店への入店するのも行列、キャラクターの前で写真を撮るのですら行列。その殆どが真夏の炎天下での行列。

「目的のパビリオンに入場できない」という事自体、もう万博の意味がないのではないか?意を決して何時間も並べば入れるかも知れないが、多分そんな事をすれば熱中症で下手すると命を落としていただろう。

そもそも開催時季が悪過ぎた。止むを得ずこの時期にするのなら、もっとテントを増やすとか建物の中に並ぶようにするとか、本気で暑さ対策を考えるべきだった。

「いのち輝く未来社会のデザイン」

↑これが万博のテーマとは片腹痛い。大屋根リング下のベンチには、この暑さと混雑に命を削られて恍惚としている来場者がわんさかいて、1945年8月15日の広島を思わず連想してしまった。

先ず入場まで50分はこの状態
大屋根リングの下には夥しい人々の数

物価が高い

そんな訳で何か冷たいものが食べたくなったので「クエート館」でソフトクリームを買う。その値段が1つ900円!万博外で売られている額の3倍だ。味や質量は良いが、流石にその2倍にも満たない。ソフトクリームだけではない。レストラン・売店・全ての食べ物やグッズが割高だ。尤もテーマパークやイヴェントではよくある事だが、それにしてもコスパが悪過ぎる。「何!?こんなのがこんなにするの!?」といった言葉を何度発したことか…。

こういう所では次第に金銭感覚が麻痺し、その中で1個400円のちっぽけな菓子を見つけると「お!安いじゃん」と思いがちである。しかも会場内は完全キャッシュレス。スマホかざして「ピッ」という音だけだと、相当額払っている感覚も薄れるというものだ。運営側もズル賢いものである。

「斬新」という名の功罪

極めて冷静になってよくよく考えてみると、あの「ミャクミャク」というキャラクター、あまりにも酷過ぎないか?SF映画のクリーチャーの出来損ないに皆が群がって写真を撮っている。

会場内のトイレもまた非常に使い辛かった。入り口と出口が別とか、ここに入って良いものかと迷う男女兼用とか…。「用を足す」という事は「急を要する」という事を理解していないとしか言いようがない、変なトイレばかりだ。

万博の公式マップもこの上なく解りにくかったので、これはネット上に出回っていた非公式マップを印刷して持って行ったのは正解だった。

…何だろう?全てにおいて「斬新」を追い求めた結果、悉く残念なことになっている。やっぱり「普通」が一番なのかも知れない。

さて「万博に行けなかった」という55年前のリベンジは果たせたのだが、それに伴う金銭的・精神的負担はかなり大きかった。それらを帳消しにする程、各パビリオンは素敵だったのか?それについては別記事でレポートしようと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です