思い出

いつもと違う夏

今日は父の命日であるが、同時に菩提寺の施餓鬼会の日でもある。つまり、毎年8月13日は直接お寺にてお経をあげながら、同時に亡父を偲ぶ事ができる。1年365日の中でも、ドンピシャな日に亡くなってくれたものだ。だが今年は…

今年の施餓鬼会はかなり規模を縮小して行われるそうだ。理由は言わずと知れた例のウィルスである。毎年、菩提寺の本堂は多くの檀家さん達が集まって所謂『三密』状態になるので、今年は原則として今年新盆を迎える檀家さんのみ。それ以外はできれば御墓参りのみにして欲しいとの事。

至極もっともである。仮にお寺から何のアナウンスがなかったとしても、今年はあんなに人が集まる所には行きたくない。

いくら野外でも灼熱の炎天下、マスクをつけてせっせとお墓の掃除なんて、考えただけでもクラクラする。

なので今年は、今日行くのはやめにした。例年だと自分達家族と、妹一家とで出席して、帰りに小洒落た洋食屋で美味しいランチを堪能してから帰るのだが、今年はつくづく寂しいものだ。

つまるところ本日は「迎え盆」なのだが、両親にとっても今年に限っては下界には降りて来ない方が安全というものである(笑)申し訳ないが天国にて大人しくして頂こう。

…あれから14年か…

14年前の今日は大変な一日だった。救急車を呼んだり、家族や妹を呼んだり、葬儀屋さんと打ち合わせしたり、、、

何よりキツかったのは親戚への連絡だった。父は兄弟からもの凄く慕われていた。その豪快かつ曲がった事が大嫌いという性格故、親戚中の人気者だった。その一人一人に訃報を伝えなければならない。電話で伝える度に、向こうのショッキングな空気が痛い程こちらに伝わってきた。

既に母は他界しているので、喪主は自分だ。当時43歳。遠路はるばるお越し頂いた親戚の方々を前に、悲しむ隙もない程緊張していた。できればこんな役はやりたくないものだが、人生、避けては通れない道というものもあるものである。

現在はその親戚からも既に訃報があったり法事があったりで、つくづくこの時の流れを痛感している。

加えてこのCOVID-19。何にしてもおいそれと人が集まれない状況、増してや地方の親戚には会うことすらままならないとなると、何とも不安でたまらない世の中である。自分の叔父・伯母等は当然ながら皆高齢者。もう二度と会えないなんて事にならないよう、早期の収束を真に願う次第である。

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