レコーディング・レポート(本番編その1)
いよいよ録音開始。初日はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「クロイツェル」から。会場入りすると、既に入念なピアノ調律がなされている。マイクがセットされ、先ずはマイク・チェック。1フレーズ程吹いては、調整室で聴いてちょっとした協議。マイクを交換したり、微妙に位置調整したり。
M氏曰く、ソナタは先ず緩徐楽章(=テンポの遅い楽章)から録るのが良いそうだ。途中や後に回すと、体力的に疲れているのが如実に表れてしまうからだと言う。その助言に従って、先ずは第2楽章から開始。
今回の録音に際して、「クロイツェル」については自分はある思惑があった。それは「全部やる」という事。実はこの曲はリピートが多々あり、総て繰り返しをするともの凄い長さになってしまうので、コンサートではそれが時間的体力的になかなかできない。だが今回はそれらを敢えて総て演奏し、まさにベートーヴェンの考えている寸法通りに再現する、という事だ。勿論1つのテイクを2回使ったりはしない。従って今回のクロイツェルは多分40分を超えるだろう。
特にテーマとヴァリエーションから成る第2楽章は、細かい解説は割愛するが、リピートは全部やらないとどうにも全体の楽式のバランスが悪くなってしまう。それにしてもM氏の言う通りだった。この第2楽章も大変な曲だったが、第1楽章、第3楽章はもっと激しく燃える曲なので、つくづく先に録っておいて良かったと思う。後回しにしたらテンションが下がって、2日目に回さなければならないところであった。
第2楽章を全て録り終えたところで午後2時を回っていた。昼食後は第1楽章、このリピートは第2楽章のそれよりもっと重くてまるでシンフォニーである。この1年で最も熱く燃えた時間がこの後続く。楽しいけどキツい。キツいけど楽しい。軽快な第3楽章プレストも疲れたなんて言っていられず、ガンガン進む。
時刻は19時に差し掛かっていた。と、とある問題が発生。何とホールに隣接しているリハーサル室から、違う音が漏れて来るのだ。どうやら誰かがサキソホンの練習をしているらしい。曲はもうあと1ページ程の終盤。その音が聞こえて来ない時を狙って、こちらもサッと演奏。最悪の場合は、後でその隣の音を編集で消すとM氏は言う。今はそんな事ができる時代である。相当手間はかかるだろうが。
兎にも角にも「クロイツェル」は何とか総て録り終えた。終わってみれば19時半、実に凄まじい9時間であった。やれやれなんて言っている暇はない。明日はもう1曲の大作、フランクのヴァイオリンソナタが待っている。サッと帰って十分に休み…と言いたいところだが、今日はまだフランクを吹いていない!帰ってひと通りさらっておかなければ。
(次記事へ続く)