オーケストラ,  藝フィルレポート

不名誉な記録

嘗て、尊敬するフルート奏者で、当時の読売日本交響楽団の首席奏者であった故:小泉剛先生に「オーケストラで演奏する一番の心得って何でしょうか?」と、自分が若い時に質問したら、先生曰く「オケに穴を空けない事だよ。吹けなくても落ちてもいいから、とにかくその場にいる事」と仰ってガハハハと笑う…。なる程、練習でも本番でも吹く個所があれば、とにかく乗っていろという事か。

…至極当たり前の事のように思えるし、簡単な事でもある。ところがオケというものは、一般の会社と違って活動時間が規則的ではない。世間の平日休日問わず、時間帯問わず、朝だったり夜だったり祝日だったり。変則的なスケジュール通りに動くという事をもう30年以上続けていると、ごく偶に「ヤバイ、間に合わない!」という目にも遭うものだ。

とは言うものの、それでも自分は何とかGフィルでは大穴を空けずに来ている。だがしかし、どんなに自分が気を付けたところで、パートナーになる隣の奏者が居なければ、セクションとしては成り立たず、これでもやはりオケに多大なる迷惑をかけてしまうのではないか?

先日、そんな事を痛感する出来事があった。

モーニングコンサートのリハ2日目。自分は1st.で2nd.とpicc.は芸大の学生によるエキストラという面子だが、この日は開始時間になっても2nd.の子が来ていない。スタッフが慌てて連絡を取ってくれた結果、「寝坊した」という事だった。もの凄く真面目な子なだけに、何か起こったのかと青ざめていたのだが、何はともあれ無事で良かったという安堵の方が強かった。

何より本人自身が、かなりショックだったと思う。Gフィルの場合は1人や2人程度居なくても、オケは始まってしまうし、自分など他のパートが穴を開けたりした事なんか次の週には忘れてしまう。だが本人は未だ若い学生だし、私のせいでオーケストラに迷惑をかけてしまったと、まるで犯罪でも犯したかのような罪の意識に苛まれるだろう。気持ちは痛い程解る。

とはいえ、長い人生でそんな「やらかし」は人間だから誰しもあるもの。十分反省して貰って、以後気をつけて貰えば、もうそれでいい事なのである。

次の日、G.P前に彼女はオケの前で謝罪していたが、学生を指導する立場でもある自分もそれ相当の責任を感じ、とてもやるせない気分であった。何より「誰が悪い」という事でなく、フルートセクションとして申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

ここでふと、ある事に気づいた。この手の派手な「穴あけ」は他のパートでもちょいちょいあるにせよ、実はフルートパートに飛び抜けて多いのではないか?特に管楽器は1パート1人だから、これは大問題かも知れない。

という事で、自分が入団して以降、現在までの過去を洗ってみる。

1993年2月 D.K.
そもそも、モーニングコンサートのソリストであった当時のFl.科の学生がリハの初日に穴を空けた。寝坊だそうだ。管楽器科の教授も大慌て。結局この学生は卒業できなかった。これが原因かどうかは判らないが。
2000年9月 Y.H.
オペラのリハ何日目かで、丸一日2nd.の大学院生が来なかった。原因は多分スケジュールの勘違い。この公演の指揮者が今度は本番を降りると言い出して、一悶着あったが、結局元の鞘に収まった。これもこの事が原因の一つと自分は思う。
2010年11月 M.H.
モーニングコンサート2日目のリハで2nd.の大学院生が来なかった。寝坊したそうで、慌ててやって来た時には、彼女の乗る曲は終わっていた。
2013年1月 E.K.
指揮科の学生による試験。これは10分程度の任意の管弦楽曲を、ほんの75分の間に練習及び本番を行い、成績が付いて単位がもらえるという大切な時間だが、これにまるまる2nd.の院生が穴を開けてくれた。やはり寝坊だった。
2015年9月
そして、大変残念な事に自分のいつものパートナーも…。オペラのリハの初日だった。10〜15時半のスケジュールだったが、ご本人は完全に勘違いをされ、午前の部は自分が代わりに1st.を吹き、午後には何とか間に合った。だから最初、指揮者には2nd.(自分)が穴を空けたように見えたようだ。つくづく損な役回りだが、モーツァルトは1st.Fl.が居ないと練習にならず、背に腹は変えられない。
2021年2月 Y.K.
そして今回の件…。

この他にちょっとした院生エキストラの遅刻が数件、実は自分も1度だけ、出勤途中にとあるトラブルに巻き込まれて、2分遅刻というのもあった。
だがこのような巨大な穴空けが、30余年の間にフルートばかりが6件というのは、あまりにも不名誉な記録である。

何故こんな事が起こってしまうのか?

Gフィルは現在、とても居心地の良いオーケストラである。和気藹々とした雰囲気で団員同士が互いに尊敬し合っている。そして何より、各奏者の演奏技術が素晴らしい。コロナ禍に陥る前は日本各地・そして南米公演と、何処に行っても誇れる演奏をしている。

しかし、ふと思う。この雰囲気の良さが奏者の気をほんの少しだけ、緩めているのではないか…と。

団員が大穴を空けた場合、団の運営委員長宛に「理由書」を提出させているが、特にそれ以上のお咎めは無し。大学院生の場合は別に何もなく、単位取得に影響がある訳でもない。

そしてフルートの学生に限っていわせて貰えば、恐らく教員による教育が徹底していないのだろう。省みればフルート科の学生は、他の管楽器の学生に比べて「礼儀」が悪い。これは前任のS.K教授の頃から未だに引き継がれているように思える。技術的には素晴らしいが、これでは卒業してから仕事には使いづらいであろう。

要するに、Gフィルでは皆気が緩むのだ。これが某日本放送協会オケだったら、絶ッ対にこんな事は起こらないだろう。つくづく馬鹿にされたものである。

もっと根本から危機感を以て仕事に臨まないと、特にこのコロナ禍では存続していけないだろう。Gフィルもフルート科も。

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