ソロ・アンサンブル

作りかけの施設にて

…駅を降りてタクシーに乗り込み、とある小学校までと告げるが、何と運チャン、その場所を知らない。おいおい知らないのかよ、と思いながら助手席でスマホでナビをしてあげる。何とか辿り着いたその建物は…建物はできているようだが、その周りがまだ工事中で、相当新しい施設らしい。だから運チャンも知らなかったのか?
入口を見つけるべく歩いていると、校舎の窓越しに大勢の子供達が群がって、嬉しそうにこんにちはコンニチハとしきりに大声をあげている。まるで久方ぶりに人間に出会えたような歓迎ぶりだ。
実はこの学校には「音楽鑑賞教室」の仕事で来たのだ。ある恩師から頼まれたのだが、このコンサートの為にプログラミング・編曲・そしてメンバーを集め・リハーサルの段取りと、殆どの準備を自分と先輩の2人で行った。
と、ここまではまあ普通の作業なので、時間さえかければそれで良い。だが、学校側とのやり取りの中で、次第に進行がギクシャクし始めた。
一番面倒だったのが出演料の支払書類。「見積書に住所名前を書いて大至急送り返せ」「マイナンバー出せ」「出せない場合は誓約書を出せ」等。そもそも金銭的な窓口では自分ではないのに。次に担当の音楽教師との打ち合わせ。とにかく沢山の事をいっぺんに要求してくる。本番まであと20分程しかない時に「この曲は子供達も一緒に歌うので」と、その進め方を言ってくるのだが、自分の頭が悪いせいか何を言っているのか理解できない。
そうこうしているうちに子供達が会場に入って来た…ようだが、声が聞こえて来ないのでそーっと舞台袖から覗いて見る。子供達は全員着席していて誰一人口をきかず、動かずじっとしていた。まだ開演まで5分位あるのに。プログラムは持っていない。音楽教師曰く、プログラムはめくるとガサガサうるさいから、内容を覚えて教室に置いて来させているとの事。
編曲や演奏のみならず、MCも自分が担当する流れとなった。自分が演奏していない時などは、この先生から何かと「あれを説明してくれ・これを喋ってくれ」と要求してくる。勿論仕事なのでリクエストには快く応えるが、終演時間は厳守とされているので、その分進行を早めて行かねばならず、想定外に気を遣う。本番中にいろいろ言ってくる先生は初めてである。
さてこのようにして演奏は全て終わり、子供が2人位出て来てお礼のご挨拶。こちらも勿論笑顔で応えて「サヨウナラ〜」と大きく手を振って退場。だが、心の奥でどうにも釈然としないものが残る。
どうやらこの学校では「音楽」は「音学」のようである。それが教育方針である事に納得した上で入学して来ているのだから、何もこちらは言う事はない。だが、鑑賞マナーを重視するあまり、びっくりする位の制約を課され、一緒に音楽に参加するために歌詞を覚えさせられ振りを覚えさせられ、リコーダーを袋から出して組み立てるタイミングまで仕込まれ、鑑賞後にはB4用紙いっぱいに細かい質問が並べられた感想を書かされ…もし自分が生徒だったら「クラシック音楽って何と敷居の高いものか」と思ってしまうだろう。
昔Gフィルの鑑賞教室で、指揮&司会のブルーアイランド氏が「『あの楽器何?』『あの人カッコイイ』『綺麗な曲だね』って隣の人とお話しながら聴いてていいんですヨ。踊りたくなったら踊っていいんですヨ。さっき音楽の先生が『静かに黙って聴きましょう』なんて言ってたけど、あれは間違いです!」とその音楽の先生の目前で豪語、会場全体大爆笑だった事がふと思い出される。
さて仕事も終わり、出演者達は一箇所に集められて、皺くちゃなお札が何枚か入った銀行の袋を各自貰って退出。帰る際には子供達の見送りは殆どなかった。大方、例の感想レポートを書くのに忙しかったのであろう。