最悪のレクチャー
…会場に入ってみると、どうやら休憩中のようだ。前の方で1人、ピラピラとフルートを吹いているオッサンがいる。
ここは銀座のとある楽器屋で、毎秋のイヴェント、「アマチュア アンサンブルコンテスト」の会場である。途中から聴きに来たのだが、休憩中って事はあのオッサンはその参加者の1人なんだろうな、と思っていた。
さて休憩が終わり、ステージに3人の奏者が座る。するとそのオッサン、徐ろに立ち上がっていきなりレクチャーなるものを始めた。何だか凄く嫌な予感がした。
エントリーナンバーは既に全部終了していた。で、これから課題曲だったトリオの曲をレクチャーをするという。先生だったのか。いっぺん曲をそのお三方に吹き通してもらった後、その合奏曲の作り方についてはまるで触れず、基本的な音の出し方、つまり奏法について喋り始めた。え、さっきピラピラ吹いてたこの人が⁈ またまた凄く嫌な予感がした。
そして案の定、その後のこのオッサンの喋る一言一句にいちいち衝撃を受ける事になる。
いやはや本当にびっくりした。そりゃフルートの奏法なんて、専門家それぞれいろいろな考えがあるだろう。だが、このオッサンの理論はとにかく酷い。酷すぎる。
そもそも根本が違う。フルートという楽器本来の優しさや華やかさを無視して、金管楽器よろしく力強さみたいなのを強調している。その時点でフルートという楽器に敬意を払っていない事が判る。目指すは力強い低音、などと言い出した時にはますます嫌な予感がした。
そしてその方法として、管楽器奏者や声楽家が美しい音色を求める上で、最もやってはいけない事を言い始めた。喉の周りや胸に力を入れろ、だって!
曰く、トランペット奏者やオーボエ奏者があれだけ張りのある音を出しているのはその辺りに力を入れているからだと。
随分と失礼な事を言うものだ。トランペットやオーボエは息を吹き込む所が極端に小さいからそんな風に見えるかも知れないが、決して敢えてそんな所に力を入れている訳ではない。そんな事をしたら音云々という前に、すぐバテてしまう。大体、胸にどうやって力なんか入れるのだ?大胸筋でもピクピク動かせってのか?
つまりはこのオッサン自身はそういう吹き方をしている訳だ。なので、実際不快になる位汚い音をしている。若い時に「四畳半フルーティストになるな(=つまり近くでしか鳴らない音を出すな)」と教え込まれたそうだが、確かに四畳半ではなさそうだ。それどころか三畳位になっている…
どうやらこの時間はコンテストの全プログラムが終わって、表彰式までのつなぎであり、レクチャーやプロによる模範演奏で埋められているようだ。会場にはそれまでの出演者も多数座っていて、くれぐれもこんな糞みたいな理論に騙されないようにしてほしいと思いつつ見回してみたら、どのお客も何だか「???」という表情。そもそも彼が何を言っているかが解らないのであろう。それはそれでラッキーな事だ。
そんな笛だから、プロによる4重奏で彼が2ndを吹いていた時などは、1人だけ飛び抜けて「びいぃぃん」という音を出しているから、全然音がブレンドしていない。内声だという事をひとつも理解していないようだ。2曲目以降で編成が増えても同じ事だった。
しかも音のみならず、その吹く姿も実にみっともない。デブでズボンはずり落ち、身体の線が極端に歪んでいる。どう考えてもこの団体、このオッサン1人さえいなければ絶対良くなるのに…。いや別にこのオッサンには何の恨みもないし、喋った事も何にもないアカの他人である。ただただ、このアンサンブルのより良いサウンドの為に純粋に思った事である。
さてちょっと話は戻るが、その課題曲レクチャーにて、音の方向性の話をこのオッサンしていた。音の方向性。これは大切な話ではあるが、これについてもちょっと話がズレていた。長くなるので、詳細はまた今度。