指揮って何だ?
地獄の「リゲティ集」から僅か1週間後、10日のGフィル定期演奏会のプログラムは打って変わってベートーヴェンの第8交響曲とブラームスの交響曲第2番。クラシックの王道みたいなそれであった。
指揮はペーター・チャバというルーマニア人。デカいオッサンだ。Gフィル定期で振るのは2010年の「田園」に続いて2回目。
いやはや、この人の指揮棒はまさにMagic Wand(魔法の杖)だ。失礼だが、一見無茶苦茶に振り回しているみたいでも、オケの持ち味を最大限に引き出してくれる。演奏する方が音楽の悦びみたいなものを感じる定期演奏会というのも、思えば随分と久しぶりの事だった。
このテのプログラムはよく指揮科の学生が試験や学内演奏会で採り上げるのだが、その際オケはよくテンポと拍子をちゃんと示すように注文をつける。
チャバ氏がきちんと拍子通りに図形を描かない事なんて、実はしょっ中ある。でもオケは出だしの動きに神経を集中し、ブレス、テンポそしてニュアンス等を察知し、(この辺かな)と見当をつけて始めると、大体それでオケ全体は合っていて、後は皆でその波に乗って前にグングン進んでいく感じ。よく見るとチャバ氏は時折凄く速く振ってフレーズを先回りし、次の地点で待ち伏せてGo!なんて凄い事もやってのけている。思わず指揮って一体何?なんて笑ってしまう。
それでも時折彼の意志と合わなかったりすると、そこは止めて何度もやり直す。音量のバランス、ピッチ等にもかなり厳しい。自分達も演っていて(あ、今のはダメだな)と思ったら、すぐさま氏も止めて修正してくる。
何というか、我々にとっても“痒い所に手が届く”ようなリハーサルであった。気が付けば終了時間。アッという間にリハが終わるという感覚も久しい。とはいえ、とにかくパワフルなプログラムだから、終わった後は毎回ヘトヘトだ。一方チャバ氏も汗だくで、ふうふういっている。ちょっと太り過ぎなのが心配である。
今回は弦楽器がいつにも増して上手いなァと思った。まるで狭い所から解き放たれたかのように、大らかに響いていた。チャバ氏が元々ヴァイオリニストであった事が関係しているかどうかは判らない。リハでも特に専門的な注文などは殆どなかったと思うし。13年前にネロ・サンティ氏が振った時にも同じように素晴らしかったが、その頃よりは弦楽器群のレヴェルが確実に上がっている分、更に今回の方が良かったと思う。
そして本番。何とお客さんは「リゲティ集」の方が多かったという、信じ難い事実。でも会場の盛り上がりは、それを遥かに凌ぐものであった事は言うまでもない。
終演後は楽員一人ひとりと舞台袖にて握手…凄い握力!2日目のリハで興奮のあまりか指揮棒が折れてしまった氏だが、この握力ではさもありなんと思った。
ところで、同じような振り方を若い学生がしようものなら、たちまち文句の矢が浴びせられるであろう。では、若いうちはきちんとテンポを示して振ればそれでいいかというと、そういう訳でもない。スコアの上っ面だけ見て、まるで事務的作業の如く曲を進めていくだけでは、そういうのが全部体の動きに表れてしまう。もっと深いところにある作曲家の思いを感じとり、表現しなければ、奏者はひとつも満足しない。指揮とはつくづく奥深いものである。
ペーター・チャバ氏。いつの日か、是非また来て振ってほしい。