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せんこちゃんのかげおくり

作家:あまんきみこさんの書いた「ちいちゃんのかげおくり」という物語がある。
太平洋戦争末期(だと思うが)1人の小さな女の子が空襲で家を焼かれ家族と離ればなれになり、やがては死んでしまうという悲しい話で、現在は小学校3年次の国語の教材にもなっている。自分が小学生の時はしかしまだ教科書には載っていなかったので、この話の存在を知ったのは割と最近である。
とにかく、なんて悲しい物語なんだろうと感動し、是非これをナレーション付きの音楽物語として発表したいと、フルートアンサンブルとピアノという編成で作曲したのは一昨年の秋の事。
そして先月9月にこれを披露した。ナレーションは女優の熊本野映さんにお願いして、その素晴らしい語り口に会場は感動の渦に包まれた。

この「かげおくり」というのは、自分の影をじっと見つめてからパッと上を見ると青い空にそれが浮かび上がる…という目の残像現象をうまく利用した遊びであるが、原作者のあまんきみこさんは、元々それを「なみこちゃんのかげおくり」「ちいちゃんのかげおくり」「せんこちゃんのかげおくり」と親子3代に渡る影送りとして書くつもりだったそうだ
「なみこちゃん」と呼ばれていたおばあちゃんが孫のせんこちゃんに楽しかった影送りの思い出話をし、そして「なみこちゃん」の娘の「ちいちゃん」も娘のせんこちゃんに、今度は怖い戦争時代の影送りの話を聞かせる、そんな構想だったそうである。
ところが、物語を書くうちにちいちゃんが死んでしまい、「なみこちゃん」「せんこちゃん」まで話が回らなくなってしまった。あまんさんはこの後書き直しをしてみたが、願いも虚しくやはりちいちゃんは空に行ったきり戻らなかったと言う。
作品とは幾ら自分が書いているものだとしても、このように意思に反して違う方向に行ってしまうものということは、ある意味作曲の世界でも有り得る。結局この物語は「ちいちゃんのかげおくり」のみとなって、「なみこちゃん」「せんこちゃん」は埋葬せざるをえなかったそうだ。
今となって思えば、自分が書いたこの音楽物語の陰に、結局影送りという遊びができなかった「せんこちゃん」の無念が感じられてならない。
もし「せんこちゃん」が影送りで遊べたなら、その空はもう爆弾も焼夷弾も落ちてこない平和な空だとは思うが、ただもしかしたら….、高度経済成長の煽りでちょっと排ガスにまみれた空だったかも知れないな、なんて皮肉めいた想像もしたりするのである。

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