ここでは筆者の演奏経験を元に、オーケストラのフルートパート譜について気をつけている事などを簡単にまとめております。
今回はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と第3番についてです。

ラフマニノフはとても手が大きかったそうです。12度、つまり1オクターヴ+5度が楽々届いたそうで、このピアノ協奏曲第2番のまさに出だしの音がその広さなのです。しかしながら、大抵のソリストがそれは届かないからと和音を分けて弾いているのを聴いて、筆者は1つの疑問を感じました。じゃあこれは誰が弾く為に書いた曲なのか?単純に「この和音が欲しかった」と言われればそれまでですが、この曲が後世にこうして残り、彼よりも手の小さい沢山のピアニストがこの曲を弾くことを思えば、音の配置について何がしかの配慮はなされなかったのかな…なんて思います。
ピアノ協奏曲に限らず、ラフマニノフの音楽にはもう最高にロマンティックな美しいメロディーが沢山出てきますが、この一件が気になってからはどうもそれら全てが綿密に計算された策略のように思えて仕方ありません。具体的には「こういう風に作れば聴衆は泣くだろうな」という…。でもそれは一つも悪いことではないと思います。音楽家は人を感動させるのが仕事ですから。

各項目「♪」についての共通事項
第1フルートに関する事 …〈1fl.〉
第2フルートに関する事 …〈2fl.〉
両者に関する事 …〈1&2〉
とし、[1]等の数字表記は各譜例の指摘箇所を示します。

【ピアノ協奏曲第2番】
♪〈1&2〉[1]この曲の第1&3楽章について、特筆すべき事はあまりありませんが、強いていえばフレーズ終わりのテンポの変化には気をつけておきましょう。つまり、何も指定がないからといって変化がないわけではなく、ソリストとのアインザッツや、または習慣的にrit.する場合があります。例を挙げれば、練習番号④の4小節目や⑭の8小節目。第3楽章では㉚の15小節目、㊱の14小節目等。
♪〈1fl.〉[2]第2楽章冒頭は、作曲者のトリッキーな一面をさりげなく象徴している所で、最初のピアノソロは聴いている誰しもが『大らかな3拍子の音楽』と勘違いするでしょう。しかしこれは3連符が4つ並んだ4/4拍子の音楽で、その種明かしをするのがこのフルートソロの役目です。ですので、くれぐれもピアノの「4連符×3」のマジックにフルート奏者自身が騙されないように。そしてできれば、このソロは“一息”で行きたいところです。大きくブレスして、⑰1小節目のcresc.であまり息を浪費しない事がコツです。
♪〈2fl.〉[3]ピアノのカデンツァ最終部を締めくくる大切なフレーズですが、あたかも一人で3度のハーモニーを奏でているように聞かせるコツは、2nd.がヴィブラートの“揺れ具合”をできるだけ1st.のそれに合わせる事です。一見難しい事に思えますが、自分のヴィブラートがうまくコントロールできさえすれば、意外とできるものです。密かに(笑)挑戦してみましょう。
♪〈2fl.〉[4]㉗からの3連符は8小節間は1stFl,2ndFl,そして1stCl.による3和音、そして9小節目の2拍目以降は2ndFl.と1st&2ndCl.による3和音となります。従ってここからは2nd.がメロディーラインになるので、低音ですがよく響かせましょう。但しダイナミックのラインは一応正確に。

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【ピアノ協奏曲第3番】
この曲のフルートパートの難易度や重要性は第2番よりもはるかに高く、高度な技術と音楽性が求められると思います。楽譜には随所に「Solo」とありますが、この記号の有無は100%正確という訳ではありません。書いていないのにSoloだったり、SoloというよりはSoli(複数)だったり。要するにどの部分もかなり重要です。
♪〈1fl.〉[1]何となく入ると必ず“喰いつき”が遅れます。あまり16分休符を意識せず、スッと入るようにしましょう。leggieroとありますが、リズムはしっかり吹いておかないと、後続のCl.やOb.に迷惑がかかってしまいます。
♪〈2fl.〉[2]ヴィオラと同じ動きですが、一応メロディーラインです。1st.は休みなので、Soloのつもりで吹いて良いと思います。練習番号⑤の2小節目3拍目B音はスラーがかかっていますが、タンギングします。
♪〈1fl.〉[3]ここのフレーズは完全なソロです。次の3/8のスケルツォ風の音楽に繋がる重要な“リズム係”ですので、歯切れよくいきましょう。
♪〈1&2〉[4]ある意味、この全曲中もっとも厄介な部分です。「ad lib.」とあるのは俗にいう「即興」という意味ではなく「吹く吹かないはどうぞご自由に」という事のようですが、筆者は今まで吹かなかった事はありません。余程指揮者が何か言わない限り、必ず演奏します(なまじ小さい音符で書いてあると、読み辛くて仕方ないのですが)。ソロピアノはシンコペーションのリズムなので、これを聴いていると拍感が判らなくなってきます。ホルンやベースのリズム隊がある程度助けになるでしょう。後の再現部でも同じです。
〈2fl.〉[5]そして㊸の4小節前から2人の掛け合いが始まりますが、問題は2nd.の最後の1拍です。ここは曲想の変わり目なので、指揮者とソリストが息を合わせる瞬間、必ずといっていい程一瞬軽いブレーキがかかります。「かけない」と言ってもかかります。ですので2nd.奏者は㊸頭のH音に入る時は、少なくとも滑り込まず気をつけて合わせるようにしましょう。
〈2fl.〉[6]ここの吹き始めは、1st.より1小節後から追いかけるように書かれていますので念のため。
♪〈1&2〉[7]そしてここが曲中一番運指の難しい箇所でしょう。しかしこれが仮に1オクターヴ低かったら、逆にもっと吹き辛かったと思います。2人でユニゾンですから、協力すれば4回分は何とか行けると思います。その際、やはりA-Ais-Hの動きを大切に。
♪〈1&2〉[8]ここのOb.のガイドは「2回目」です。直前にカデンツァが挟まるので解りにくいですが、Vivacissimoに入って間もなくこのガイド通りの事が起こるので、最初のうちはつい間違って入ってしまいがちなのです。もう12小節待ちましょう。また、その後は1st.と2nd.の音高が度々逆転するように配置されています。念のため。

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この2曲のコンチェルトは両方共最後のフレーズがなく、フルートだけ一足先に「お疲れ様〜」と上がるように(?)できています。正確には第2番はFl.とOb.だけが、第3番は木管セクション全体が休符です。心理的にはどうせなら最後まで一緒に「ジャンジャカジャン」と行きたいところですが。各楽器の音域よりも、その時の音色を重視する姿勢に、やはりここにもラフマニノフ独特の作曲技法における「客観性」が表れている気がします。