新国立劇場

ここ数年、Gフィルがこの新国立劇場で演奏する機会が少しずつ増えてきた。直営のオペラ公演などは東フィルや東響などが伴奏しているようだが、Gフィルが担当するのは主にここの研修所関連。つまりここの研修生の発表会的なオペラで、これまでにチマローザの「秘密の結婚」やモーツァルトの「コシファントゥッテ」等。

そして今回9月16&17日は、様々なオペラアリアや重唱等を集めたガラ・コンサートだった。ソリストはこの新国立劇場のみならず、海外のオペラハウス(ミラノスカラ座・バイエルン州立歌劇場etc.)のゲスト研修生、また修了生として既にオペラ活動している人達、全25名の他、新国立劇場合唱団や二期会合唱団等も共演。豪華なコンサートが2日間続いた。

皆本当に素晴らしかったのに、その殆どがまだ研修生とは、ウタの世界も厳しいというか奥が深いというか…。

さて今回はその本番よりも、舞台裏に焦点をあててみる。

京王新線の初台駅を降り、階段を登ったところに楽屋口がある。出演者は事前にバーコードの付いたパスが配られる。楽屋入り口にはガタイのいい警備員が1〜2人、更に奥の受付に係員が常駐。その人達に先ずこのパスを見せびらかさなければならない。

次に、新国立劇場はオペラパレス、中劇場、小劇場と分かれているが、それぞれ楽屋口が別で、そこへの入り口の扉の処でさっきのバーコードが必要になる。「ピッ」と翳して「ガチャッ」と開くシステム。何故か中から出る時も必要。

オペラやバレエの出演者はもの凄く多いので、楽屋も沢山ある。自分などはどの楽屋だったか判らなくなる位だ。廊下の幅は決して広いとは言えないが、休憩時間等では出演者がワッと集まって寛ぐ為の、小じんまりとしたスペースがある。


マッサージ機は100円カンパで1シリーズ使い放題。

普段オペラの場合、オーケストラはピットで演奏するが、今回はガラ・コンだからオケも舞台上に上がる。舞台下手側の袖から覗くとこんな感じだ。


大掛かりな舞台装飾の石柱なんかも、裏側は木製の箱で支えられていて空洞。迂闊に寄りかかると大変なことになりそうである。

さて今回ここの舞台で演奏してみて、まあ当然と言えば当然だが、その響きの悪さにはほとほと困った。天井が体育館の舞台よろしく吹き抜けになっているからだ。つまり反響板がないのだ。オペラパレスに限ってはピットの方が吹き易いという事か。

ところでこのコンサート、実は指揮者が急遽変更になった。予定されていた飯守泰次郎氏が、腰痛が酷くて振れなくなってしまったそうだ。そこでヨーロッパからスーパーマンの如く飛んで来たのがダグラス・ボストック氏。最近までG大の招聘教授だった方である。凄いのは、あんなにテンポの変化が激しい19曲ものオペラ音楽を、ものの1〜2日ですんなりこなしてしまった事である。まるで最初から彼が振ることになっていたかのようで、こればかりは流石だなと感心してしまった。相変わらずタフなお仕事ぶりであった。


リハーサルより。


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冒険の波紋

漫画大国・ニッポンだが、一応自分にも好きな漫画というものはある。「マカロニほうれん荘」「北斗の拳」「パタリロ」とかは面白くてよく読んだものだ。「ドラゴンボール」「こち亀」等はまあ普通。巷で大人気の「ワンピース」「ナルト」「コナン」等は逆に殆ど興味が無い。中でも特にファンなのが、荒木飛呂彦さんの「ジョジョの奇妙な冒険」で、第1話からずっと読んでいる。

この度「ジョジョ」のこれまで30年の漫画の原画展が国立新美術館にて開催されている。一個人の原画展としては珍しいそうであるが、何と入場券が日時指定されている位の大人気ぶりである。

自分が行ったのは昨日の午後だが、平日にも関わらず当日券は既に完売、会場には驚く程大勢の人達が並んでいた。日時指定券なのにである。そうか、この人達皆ファンなのか。こういうものはファンの心理としては、同じ好みを共有する人がいるのは嬉しいが、かといってあまり多いと嫌なものである。う〜む、嬉しいような、うっとおしいような。。。

「ジョジョ」の何処が好きか、何故好きかと言われると、返答に困る位いろいろあるが、綜合的に自分の気性にとても“合っている”気がする。この展覧会に来ている人の殆どは、恐らく同じような感覚を抱いているのではと思う。その詳細について語るには時間が無いのでもうやめておく。

且つて自分が引き込まれたり感動したりした場面を、こうして実際の原画として目の当たりにすると、もう感激モノである。顔を近づけては「あ、アノ部分だ!」なんて、心の中で叫んでいる自分がいた。

オリジナルのパネル画もあった。今回の為の描き下ろしだそうで、それらの作画中の作者本人の動画も上映されていた。荒木飛呂彦さんはそろそろ還暦も近づいている筈だが、それにしても異常に若い。せいぜい三十代後半に見える。この漫画の重要な要素である「波紋法」を本当に体得しているのではないか!?と思える程だ。

さてここで、その一部を(ボカシをかけて)紹介する。

オリジナルパネル画

オリジナルパネル画

生原稿の一部

ある時、ある絵の前で、自分の隣で観ていた二人のご婦人。どうやらその片方だけがファンで、相方に(得意気に)いろいろと説明しているのを小耳に挟んだのだが、ちょっとその内容が正確ではないのが気になる。「いや、違いますよ」と訂正したい気持ちをグッと堪えて、展示室を後にした。


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2人の対照的な指揮者

今夏、Gフィルにも振りに来たことのある2人の指揮者が相次いで亡くなった。

一人はゲンナジー・ロジェストヴェンスキー氏。2002年春にハイドンのオラトリオ「四季」を振っ下さった。印象的なのはリハーサルだ。リハーサルというより、もう毎回GPだ。ただ只管通すのみ。1回も止めない。何も言わない。黙々と降り続ける。曲が終わるとハイさよなら、リハーサル終わりである。

だが、何をしたいのか、オケに要求していることが、その振り方で解る。その厳格な表情にこちらも緊張し、それに応えて演奏するだけで無駄なくリハが進むというものだ。本番も実にいい演奏であった。惜しい方を亡くしたと思う。

もう一人はハンスマルチン・シュ○○ト氏。この人はG大に客員教授として来ていた。リハの仕方はロジェストヴェンスキー氏とは真逆。最初の一振りで必ず止める。何が気に入らないのか、止めないと気が済まないようだ。ドイツ語で何やら文句を垂れるが、どうやら「もっと小さく」がメインの要求だ。オケの方もそれならばと必ずピアノで演奏してみるが、それでも必ず止める。渋滞とか赤信号だらけとかと同じようなストレスが溜まる。

ニコニコしていると思ったら、いきなりキレるので、仲間内では「瞬間湯沸かし器」と言われていたが、うちの湯沸かしだってこんなに早くは沸かない。

なので、結果どの本番も気持ちよく終わらせることはできなかった。あるコンサートではバリトンのソリストが本番中に歌う場所を見失い、右往左往しているうちにイキナリ「Nein!(ナイン)」と怒鳴り叫び、自分が歌いながら振る始末。まあこの時は、バリトン歌手もアホだったが、判らない振り方をする方も悪いのだ。

そんな訳でオケからの評判は芳しくなく、少なくとも自分は大嫌いで、彼の振るシリーズはなるべく乗るのを避けていた。自分も血の気が多いので、オケに迷惑をかけたくないから。その後Kフィルの常任になり、団からの評判は良かったようだが、とてもそれは信じ難い。ただのツンデレ爺々だったかも知れない。

まあそんな好き嫌いは別として、こうして強い印象を与えた指揮者がこの世を去る度に、一つの時代の変遷みたいなものを感じる。ご冥福を。


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戦歿者追悼式2018

 

平成最後の追悼式である。現在の天皇皇后両陛下がこの式典にご臨席されるのも、まさに今日が最後という訳だ。なので、自分もオケの席からこの“ナマ陛下”が見られるのは最後かと思い、しっかりと目に焼き付けて来た。

近頃「あれ、今って西暦何年だっけ?平成何年だっけ?」と判らなくなることがある。1989=平成元年という計算はつくづく解り辛いので、現在の陛下にはもう2年頑張って頂けば、2021=新元号元年となって計算し易いのに…なんて自分勝手な願望を抱いたこともあった。

だが、今日の正午に式壇中央に向かう両陛下の御姿を遠目から拝察し、思わず反省してしまった。僅か10m程の距離、そして追悼のお言葉を延べられるご様子、大分体力的にはキツそうに見受けられた。なのに、その後の政治家等4人による「追悼の言葉」も二人でしゃんとして耳を傾けられておられたが、自分などあんな風な状況では多分5分ともたないと思う。ご病気もされたし、普段の御公務も我々が想像する以上にハードなのであろう。

昭和の時代の、あの溌剌とした皇太子サンのイメージがどうもまだ残っているので、何だかその時の流れについて行けず、目の前にいらっしゃる“お爺様に一瞬頭がパニックになる自分がいる。そうか、やっぱり本当に退位されるのだなと、この時初めて「平成」の終わりが実感として自分に伝わってきた。

Gフィルはこの式典の間はBGMを演奏したりしなかったりだが、曲はいつも決まっていて毎年同じなので、自分のパートもほぼオートマチックに体が動いて吹いている。今日も灼熱の太陽の下、すごすごと引き上げて帰って来たが、当たり前ながらもある事に気づいた。

そうか、来年からはあの席に今の皇太子様と雅子様がお座りになるのか。どんなお話をされるのかな?今の両陛下はそれをTVでご覧になるのだろう。くれぐれもご隠居後も体調にはお気を付けて頂きたいものである。

 


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台風12号とJRと合宿

今年の夏は本当にどうしちゃったのか?平野部は連日体温超えの最高気温が続き、夜になっても真っ暗なのに暑い!まさに異常気象である。1発2発夕立が来て恵みの雨でも降ってくれないかな思っていたら、ここにきて台風が連続して発生した。

合宿が続く中で台風となると…これはこれでまた厄介なものである。昨今中国地方も大雨であんな被害があったばかりだし、電車が止まるならまだしも、行った先で崖崩れとかはもう本当に御免だ。

幸いそういう目には遭わなかったのだが…

7月29日(日)。朝。この日は合宿から合宿のハシゴで、名古屋発8時半の特急「しなの」に乗る予定だった。折しもその前の晩に台風12号が東海地方を通過し、予定の特急が動くかどうか心配だった。

だが、夜が明けた時には台風は遥か西に過ぎ去り、ダイヤは平常通りになっていた。一応大事をとって、早めに岐阜発7時22分の快速に乗り込む。50分にはもう名古屋に着く筈だ。

ところがこの電車、いつまで経っても発車しない。車内放送曰く、豊橋駅付近で線路上に異物があるので、その撤去作業をしているとの事。これも昨日の台風の影響なのか?豊橋と言えば名古屋の更に60kmも先ではないか。何で岐阜まで止まるのか?とにかく全然動かないし、車内は次第に混雑してくる。

並走している名鉄線に乗り換えようか、どうしようかと迷っているうちに「撤去作業が完了し、安全確認もとれました」とアナウンス。良かった、まあギリギリで「しなの」に乗れるだろうとそのまま座っていたが、それでも全然動かない。「再び安全確認をしております」とふざけたアナウンス。漸く動き出した時は予定時刻より50分も遅れ、この時点で1ヶ月も前に指定席を取った「しなの」には乗れない事が判り、スマホで次の電車を検索。腹立たしいが、次発の同じ特急には乗れそうだ。

ところが途中停車した尾張一宮駅でまた動かなくなった。「名古屋まで各停が詰まって使えております」と、またまたふざけたアナウンス。他の乗客もかなり苛立っている様子。無理もない。どうやら自分は次発にさえ乗れなさそうだ。

で結局、自分が岐阜駅で7時20分に乗り込んだ快速電車が名古屋駅に到着したのは9時10分!!酷いものだ。当然自分みたいに予定の特急や新幹線に乗れなかった乗客もわんさかといる訳で、となると名古屋駅での乗車変更窓口も長蛇の列。もしかしたら更にこれで次の次の特急さえ乗れないかと思うと、更に焦りが3倍増だったが、無事指定席が取れて10時発の「しなの」に乗車。とりあえずホッとする。

だがしかし、本来乗る予定だった最初の「しなの」は目的地まで直行できたのに、今乗っている「しなの」は松本駅でローカル線に乗り換えなければならない。しかも2回も。待ち時間だって半端ない長さだ。尤もこういう鉄道の旅は元々好きなので、まあ信州の素朴な風景を十分満喫できた訳だが、ようやっと到着して省みれば、あの岐阜での快速から実に9時間が経っていた。約束の時間より3時間遅刻。合宿だったからまだ幸いで、これがコンサートだったらもう終わっていただろう。

さて、その合宿地は、長野県小谷村にある栂池(つがいけ)高原。

冬にはスキー場の穴場でもある。

しかしながら今夏の異常な暑さはこの地まで及び、“高原”とは名ばかりの酷暑。しかも施設にはクーラーがない!扇風機すらない!なので、たまたま持って行った1本の扇子が帰るまでずっと不可欠だった。

宿のオーナー曰く、本当に今年は雨さえまともに降らず、異常に暑いそうだ。灼熱の日中のハードワーク、そして夜の寝苦しさも加わって、これまでになくキツい数日間。帰りの冷房の効いた特急列車が天国だったのは言うまでもない。

返す返すも、あのJR東海道線には本当に苛々させられた。精神的に非常に良くない。普段殆ど使わない路線だが、いつもあんなに間抜けな事をしているのか?まあ、普段こうして悪タレをつく自分に天罰が下ったのだ、と思って諦めるとしよう。


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