台風12号とJRと合宿

今年の夏は本当にどうしちゃったのか?平野部は連日体温超えの最高気温が続き、夜になっても真っ暗なのに暑い!まさに異常気象である。1発2発夕立が来て恵みの雨でも降ってくれないかな思っていたら、ここにきて台風が連続して発生した。

合宿が続く中で台風となると…これはこれでまた厄介なものである。昨今中国地方も大雨であんな被害があったばかりだし、電車が止まるならまだしも、行った先で崖崩れとかはもう本当に御免だ。

幸いそういう目には遭わなかったのだが…

7月29日(日)。朝。この日は合宿から合宿のハシゴで、名古屋発8時半の特急「しなの」に乗る予定だった。折しもその前の晩に台風12号が東海地方を通過し、予定の特急が動くかどうか心配だった。

だが、夜が明けた時には台風は遥か西に過ぎ去り、ダイヤは平常通りになっていた。一応大事をとって、早めに岐阜発7時22分の快速に乗り込む。50分にはもう名古屋に着く筈だ。

ところがこの電車、いつまで経っても発車しない。車内放送曰く、豊橋駅付近で線路上に異物があるので、その撤去作業をしているとの事。これも昨日の台風の影響なのか?豊橋と言えば名古屋の更に60kmも先ではないか。何で岐阜まで止まるのか?とにかく全然動かないし、車内は次第に混雑してくる。

並走している名鉄線に乗り換えようか、どうしようかと迷っているうちに「撤去作業が完了し、安全確認もとれました」とアナウンス。良かった、まあギリギリで「しなの」に乗れるだろうとそのまま座っていたが、それでも全然動かない。「再び安全確認をしております」とふざけたアナウンス。漸く動き出した時は予定時刻より50分も遅れ、この時点で1ヶ月も前に指定席を取った「しなの」には乗れない事が判り、スマホで次の電車を検索。腹立たしいが、次発の同じ特急には乗れそうだ。

ところが途中停車した尾張一宮駅でまた動かなくなった。「名古屋まで各停が詰まって使えております」と、またまたふざけたアナウンス。他の乗客もかなり苛立っている様子。無理もない。どうやら自分は次発にさえ乗れなさそうだ。

で結局、自分が岐阜駅で7時20分に乗り込んだ快速電車が名古屋駅に到着したのは9時10分!!酷いものだ。当然自分みたいに予定の特急や新幹線に乗れなかった乗客もわんさかといる訳で、となると名古屋駅での乗車変更窓口も長蛇の列。もしかしたら更にこれで次の次の特急さえ乗れないかと思うと、更に焦りが3倍増だったが、無事指定席が取れて10時発の「しなの」に乗車。とりあえずホッとする。

だがしかし、本来乗る予定だった最初の「しなの」は目的地まで直行できたのに、今乗っている「しなの」は松本駅でローカル線に乗り換えなければならない。しかも2回も。待ち時間だって半端ない長さだ。尤もこういう鉄道の旅は元々好きなので、まあ信州の素朴な風景を十分満喫できた訳だが、ようやっと到着して省みれば、あの岐阜での快速から実に9時間が経っていた。約束の時間より3時間遅刻。合宿だったからまだ幸いで、これがコンサートだったらもう終わっていただろう。

さて、その合宿地は、長野県小谷村にある栂池(つがいけ)高原。

冬にはスキー場の穴場でもある。

しかしながら今夏の異常な暑さはこの地まで及び、“高原”とは名ばかりの酷暑。しかも施設にはクーラーがない!扇風機すらない!なので、たまたま持って行った1本の扇子が帰るまでずっと不可欠だった。

宿のオーナー曰く、本当に今年は雨さえまともに降らず、異常に暑いそうだ。灼熱の日中のハードワーク、そして夜の寝苦しさも加わって、これまでになくキツい数日間。帰りの冷房の効いた特急列車が天国だったのは言うまでもない。

返す返すも、あのJR東海道線には本当に苛々させられた。精神的に非常に良くない。普段殆ど使わない路線だが、いつもあんなに間抜けな事をしているのか?まあ、普段こうして悪タレをつく自分に天罰が下ったのだ、と思って諦めるとしよう。


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最も可笑しくて不快な曲

松本サリン事件、地下鉄サリン事件等、嘗て世の中を震撼させたカルト教団の教祖や幹部が、この度死刑執行されたというニュースが流れて間もなくの頃、いつもの子供達のバンドの夏合宿指導があったので、自分は例年の如く岐阜県の山奥へ。

このバンドは小・中学生で成り立っているが、その往きのバスに自分が同乗している中、はしゃぐ男子達の会話の中でちょっと気になるフレーズが引っ掛かった。それは一節の歌だった。

「♪ショーコー、ショーコー、ショコショコショーコー、ア、サ、ハ、ラ、ショーコー」

男子達はこれを面白可笑しく、替え歌にまでして何度も歌っていた。自分は黙って聞いていた。

この曲は、当時この教団の音楽担当の幹部が作曲したそうだ。この元幹部は東京音楽大学のトランペット科出身で、名前も聞いて知っている。実に面白く歌い易く、そして耳に残るフレーズだ。

あれから23年以上経った現在、どこでどう知ったのか、当時は影も形もなかった中学生達がこの歌を愉快に歌っている。だが、この歌の元となった教祖と教団が世の中にどんな大罪を犯し、どんな迷惑をかけたかは、仮に知っているとしてもリアルタイムで聞いてはいない。リアルタイムで経験している大人達は、子供の戯れとはいえ、あれを聞くとモヤモヤした複雑な気分になる。他のトレーナー達も同意見だった。無理もない。

そのモヤモヤは次第に蓄積し、同時に男子達の「♪ショーコー〜〜」は次第にエスカレートしてくる。遂に合宿3日目、合宿所近くのお馴染みのプラネタリウムにて上演前に彼等がまた歌っている時、近くに座っていた自分は思わず「やめろお前ら!」と怒鳴りつけた。

それ以降、合宿中にこの歌を耳にすることはなかった。彼等も馬鹿ではないから、多分いろいろ察し、理解してくれたのだと思うが、つくづく時代の流れとはこのように恐ろしい面もあるのだな〜と思い知らされた。

やっぱり詳細を知らないからこうして歌っているのだ。しかも楽しいメロディーとくる。あの恐ろしい数々の事件のみならず、戦争だってそうだ。人間は次第に忘れてくるし、そして知らない世代へと移行していく。こういう黒歴史は、こうやって繰り返されていくのだろう。でも絶対に繰り返して欲しくない。そんな思いをこの男子達は逆に再認識させてくれた。


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モーツァルトと子供

G大のオープンキャンパス期間中に、早期教育プロジェクトの受講生から選出された子供達数人をソリストに招いてコンチェルトを演奏する「ドリームコンサート」が開催された。

小5から中2までの男女4人が、それぞれハイドン・シベリウス・モーツァルト・ベートーヴェンの弦やピアノの協奏曲を抜粋で演奏し、Gフィルがそれに伴奏をつける。大方この「ドリーム」とは、音楽家になりたいという子供達のこの「夢」を実現させたいという思いから来る名称であろうが、今日弾いた子供達はもう既に音楽家ではないかという程のレヴェルの高さだった。

このコンサートの3番目に出演したのは小学5年の男の子で、モーツァルトのピアノ協奏曲を弾いていた。モーツァルトの音楽はそれ自体が子供みたいに純粋なので、それをこれ位の年齢の子が弾くとまさにぴったりハマり、聴いていて「これか!」って思った。

普段モーニングコンサートで共演している若者だってまだ20代前半、十分若いのだが、それだけにある意味大人の円熟味をこれから目指していく年齢。その意味では、もしかしたら今日伴奏したモーツァルトは、そうそう聴く機会もないなかなか貴重な演奏だったかも知れない。オケの同僚達もまさに同じ事を言っていた。

まあ、大人だ子供だ言っていても仕方ないのだが、やはり音楽は生き物、弾く人がこれから様々な人生経験を重ねて成長していくと、その演奏も同じように成長していく。その円熟したモーツァルトもまた違った味わいが出てくるだろう。5年後、10年後、そして20年後の彼の演奏を、できれば同じ曲で聴いてみたいものである。

このコンサート、もう3年程前からこの時期に開催されているのだが、自分がこれに乗ったのは初めてであり、まあ知ってはいたけれど改めてビックリした。自分が彼等の年齢の頃なんかフルートを手にして間もなくだったし、ピアノすら習っていなかったし。

フルートはその楽器の大きさ故、始められる下の年齢(もしくは身長?)は限られてくるが、それでもそのうちフルートの凄いソリストだってこのステージに現れるかも知れない。


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ヤバい歯間ブラシ

歯の定期検診を受けて来た。かかりつけの歯科クリニックから半年に1ぺん案内ハガキが来るので、都合を見計らって足を運び、診断そしてクリーニングと続く。結果はまあ、いつも通り順調であった。が、今回は先生に一つ興味深いアドヴァイスを頂いた。

「時々左手で磨いてみて下さい」

曰く、あの濃いピンク色のテスターによると、利き手だけによる力の差が、磨き残しや歯垢に表れるとの事。なる程、利き手の右手で磨く場合、右の歯を磨く時にクルッと歯ブラシを裏返しに持ち替えるが、そうして磨くのと左手で普通に磨くのとでは、毛先の当たり方が微妙に違う。右側の歯だけではない、左側も前歯も、そして裏側もちょっと違う。

尤も、左手で磨くのは6年位前に右を怪我して以来のことで、なかなかぎこちないものだ。力加減も慣れなくて判らず、すぐ疲れてしまうので、まあ思い出した時に実践する程度にしておきたい。


さてところで、歯磨きの際に4種類のサイズの歯間ブラシを併用している自分だが、ある日、そのうちの一つ:Mサイズを切らしてしまったので、いつもの店にいつものメーカーのそれを買いに行った。

ところがどういう訳か、そのメーカーのMサイズだけが売り切れていた(他のサイズはきちんと揃っているのに、その時は何か不自然な品揃えだった)。自分はその「P〜」という商品がお気に入りだったのだが、そうそうその辺で手に入るような代物でもなく、少々ムカつきながらも、これを機会に別メーカーのMサイズを試しに買ってみることにした。

それは「L〜」という商品で、パッケージを見ると「歯科医院専用」とある。へぇ〜!と思って早速使ってみた。

得てして歯間ブラシは意外と値段が高い。P〜は1本単価だと120円位する。今回のL〜は更に130円位か。だがまあ、その分長く使えれば返って得かも知れないと思っていたのだが…

とんでもなかった!P〜の半分ももたなかった!このコスパの悪さに閉口したが、問題の根幹は実はそこではない。つまり、どういう状態を以て使えなくなるかということだが、P〜の歯間ブラシは殆どの場合、古くなると首がポキッと折れる。

ところがL〜はブラシの部分が減るのだ。

写真を見れば一目瞭然、1週間程でこんな骨だけの状態になる。では消えたブラシの毛先は何処へ行くのか?口をゆすいだ時に100%外に出せるかというと、多分そうではなかろう。つまりこの毛先、こんな科学物質が少しでも消化器系に、体内に入って行くのかと思うと気分最悪である。これ、本当に歯医者で使っているのか!?

歯の健康は保っても、消化器系に支障をきたしては元も子もない。そんな訳で慌ててこんな超ヤバい歯間ブラシは使用中止し、後日改めてP〜を買いに行った次第である。

ただ、このP〜も昔に比べて耐久性が悪くなった。特にMサイズやLサイズは、明らかに折れるまでの期間が3分の2位に短くなっている。歯間ブラシはブラシの部分が長い方が良いと思うが、数あるメーカーの中でもこのP〜は最も長い方だ。それだけに、こんな耐久性にセコい変化をつけないで頂きたいものである。


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あれから1年/今だから話せるエピソード

湯本フルート教室の第4回アンサンブル発表会を明後日に控え、忙しい日々を送っているが、そういえば丁度1年前の今日はチリに居たのかと思うと、改めて月日の経つスピードの早さを実感する今日この頃である。

全行程の11日間中、4日間は飛行機または空港の中にいたという遠さだが、それ以外の7日間もとにかく『『『忙しい』』』というイメージしかなかった。仕事以外でも観光やお土産探し等の時間は、やはりどうしても「◯時までに」という制限があったし。

この演奏旅行の約5ヶ月後、昨年11月にこれの記念演奏会が奏楽堂にて開催された。その時、チリ公演参加者全員に頂いたのがこの立派な記念アルバム。

忙しさのあまり、それ程記憶にも留めていなかったが、これを開くと「ああ、こんなこともあったか」なんて懐かしい写真も。


さてとにかく1年が経ち、今だから言えるエピソードもあれこれ。

「もうワインはありません」
東京→パリの機内。あの窮屈な席に12時間も座ってじっとしているなんて、土台無理な話である。トイレに立つ際には洗面具・タオル・カメラ等いろんな物を携え、すぐには戻らないつもりで洗面所の手前の小さなスペースでオケの仲間や他の乗客と仲間と喋ったり寛いだり。

こんな美しい風景を窓越しに見ながら、言葉の通じないフランス人のオヤジと盛り上がったり。で、そこにはそんなお客がセルフで自由に飲食できる物が置いてある。その中でも嬉しいのはワインだ。エールフランスのワインは特に旨い。おかわりは客室乗務員さんに頼めばすぐ補充してくれる。補充してくれるが、所詮は機内、限りがある。最後には「もうこの飛行機にはお食事に出す分以外はありません」と軽く怒られてしまった。つまり殆どGフィルの男共が飲み干してしまった訳で。パリに到着した時、皆二日酔い状態だったのは言うまでもない。

コスタネラ・センターからメルケンが消えた
何日目かの昼食をレストラン「ホテル日本」にて摂っている時に「何これ美味しい」と話題になった七味唐辛子のようなふりかけ。聞けばチリにしかない「メルケン」という香辛料だそうで、早速買いに行こうという話。

とはいえ、初めての南米の地で何処をどう探せば良いのか判らず、差し当たってホテルの近くにあって、とりあえず安全そうなショッピングモールへ。それがこの首都サンティアゴで一番高いビル「コスタネラ・センター」だ。この話題は自分が聞くよりも随分前にGフィル中に広まり、自分が買いに行った時は既に品薄状態。そして自分も残っていたメルケンをカゴに入れて…という訳で、あの「AEON」並みに大きいスーパーなのに、ここにあるメルケンは一つ残らず全てGフィルのメンバーが買い占めてしまったのである。地元の人達は困ったかも知れない…。

コントラバスのプロフェッショナル達
オケの演奏旅行の悩みのタネの一つに、楽器の運搬の件がある。大きい楽器で自分のが使えるのは今回チェロまでで、大型打楽器とコントラバスは現地のそれを借りるという事だった。このシリーズ初日に指導した地元青少年オーケストラ「FOJI」の楽器を使ったそうだが、特に低音の大黒柱を務めるコントラバスがちょっとした話題になった。見た感じちょっと古そうだが、最も違うのは“音色”だ。普段はいつも下で「ゴーッ」となっているので気づかないが、よりによって今回はプログラムの1つ:松下先生の「飛天遊」でSoliがある。その音色が専門外の自分でさえ解る位特徴的なのだ。現地入りして最初のリハの時には正直「変わった音だなァ」と苦笑していたのだが…。
4人の奏者達は見事にその楽器を上手に弾きこなしていったようで、25日&27日の本番ではほぼ違和感なく聞こえた。特に27日の最終公演では実にいい音が響いていて、流石はGフィルが誇るプロのコンバス奏者達だな、と敬服した次第である。

記念アルバムより


やはり、忙しくも楽しく貴重な体験のチリ公演であった。

こんな懐かしい裏話、また思い出したらこの記事に書き足していこうと思う。


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