戦歿者追悼式2017

吹奏楽関係の仕事も一足早く終わり(教えている学校は今年は上に行けなかった)、ひと息ついたところで、今日はお馴染みの日本武道館へ。恒例:藝フィルでのBGM演奏だ。例年ならカンカン照りの太陽の下「あぢぃ〜」なんて言いながら行くのに、今日は珍しく雨。いつもより涼しいとはいえ、やはり控え室に入った時は蒸し暑くて汗だくだ。

田安門の所で何かやけに報道陣が多いなと思ったら、そのカメラのターゲットは1人の車椅子に乗せられたお婆さんだった。TVのディレクターらしき人が「ハイ、サイコーレー入ります」とか無線で話していたので、どうやらこの方は遺族の中でも最高齢の人らしい。一体おいくつなんだろう?一番歳とってるってだけでこんなに話題になるということは、それだけ周りの同世代のご遺族が減っているってことだ。

本当に毎年毎年、判で押したように同じようなスケジュールで同じ曲をやって帰る藝フィルだが、ふと気づくと周りの人達が替わってきている。全国から集まってくるご遺族の方々…遺族といっても、その亡くなられた方との関係は配偶者、子供、孫、甥姪…いろいろであろう。配偶者は元より、その子供に当たる方々だって終戦から72年も経つと既に高齢である。亡くなってしまったり、身体が辛どかったり、その理由はいろいろあるだろうが、とにかく確実に出席者数は減ってきている。現に今回、遺族代表として追悼の辞を述べた方は、戦死した人の息子であるが、もう83歳だそうだ。

となると、8月15日に必ずここに来ている人は、この中で一体どれ位いるだろうか?よくよく考えてみると自分は意外と古い方かも知れない。

自分がこのBGM演奏に初めて参加したのは1986年。この31年間、今日に至るまで降り番だったのはたったの5回程。その間総理大臣はバンバン変わるし、指揮者もよく変わるし、周りのオケのメンバーだって世代交代があってもう自分より若くなっているし、何より陛下さえ「昭和」から「平成」に変わってる訳だし。

そのうち一番沢山ここに来ている人ってことで、カメラのターゲットが自分になるのでは、、、と言いたいところだが、実はオケの中には自分よりも更に上が4人もいるのである。その人達が“卒業”しない限り、それは自分には有り得ない。

そして将来、確実にこの戦争の体験者はいなくなる。既に凄惨な記憶が薄れつつある日本であるが、くれぐれもこんな悲劇はもう二度と繰り返されることのないよう、願っている。


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