台無し

一昨日昨日と、藝フィルは録音の仕事があった。会場はいつもの通り奏楽堂にて、このようにマイクを立てたり下げたり。

内容は区内の小中学校の校歌のカラオケ録音だ。全部で22曲もあるので「え゛〜っ」と思ったが、よくよく考えてみたら逆に妙に少ないかも知れない。で、蓋を開けてみたら、現在までに廃校または統合されて消えた学校のみのそれで、いわば永久保存用だそうだ。伴奏のみをオケ用に編曲し、嘗ての卒業生に歌い懐かしんで貰おうという“粋”な計らいか。

奏楽堂を使ってのレコーディングは、慣れないせいか最初はぎこちなかった。ステージと調整室のコミュニケーションがなかなかスムースに行かず、次第に空気が固まってくる。

だがそれよりも別の不満がオケ内に少しづつ湧いてきた。皆苦虫を噛み潰したような表情で演奏している。それは何かというと…編曲の悪さだ。

進行表によると、主にG大作曲科の若いOBOG達が1人2曲づつ編曲を担当している。原曲の作曲者は古関裕而氏、信時潔氏、高田三郎氏、田村虎蔵氏、堀内敬三氏…と日本の音楽界を牽引してきた凄い人達の名前が並ぶ。昭和の香り漂う、古き佳き名曲揃いだ。

なのにその編曲は…全部ではないが、時折その校歌の魅力を台無しにしてしまうものがしばしば。総括ディレクターM教授の流石に困ったような声が、調整室から漏れてくる。

そんな中、遂にあまりにも最悪な編曲が1つあり、その中で特に酷い部分は制作サイドでカットされたのだが、それでも全体としてはまさに奏楽堂内の全員が腑に落ちない駄作ができてしまった。思わず自分も“記念”に写メした譜面がこちら。

何と「フラッター」という現代奏法まで出てくる。何らかの悪意さえ感じる。

此の度のこの録音はその学校の出身者〜多分その殆どがご年配であろう〜が母校の校歌を懐かしみ口ずさんでもらう、そんなステュエーションが目的であろう。なのに、いきなりこんなオケ曲を聴かされたら…具体的には、オーケストレーションが悪いため主旋律がちゃんと聞こえてこない、和声が勝手に変えられて凝り過ぎている、要らないオブリガードが元のメロディーを邪魔している、管弦楽法を習ったことがないのか音域が異常に高過ぎる低過ぎる等。

それでも制作サイドはかなり頑張っていた。不要なイントロや間奏等はどんどんカットしたり、奇抜過ぎる音や和声は変えたり。上の譜面の編曲者による物は同じく2曲あったが、もう1曲の方は編曲者と作品自体を差し替えたり。

だがそんな訳で、全ての録音が終わった時の、オケ全体の釈然としない雰囲気は実に実に印象的であった。「本当にこんな編曲でいいの?」という…。

とは言え、こういった批判は自分にも当てはまることがある。鏡に向かって言っているようでもある。今回の編曲者の中には、調べてみたら過去にモーニングコンサート等で作品発表をした人もいるようだが、いつも不満だったその新作発表を思い起こすと改めて「やっぱりなぁ」と思った。あまり成長していないようだ。聴く人の気持ちになって編曲することについては、これから更に学んでいって欲しいと願う。


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