運命のピッコロ

昨日はベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の本番があった。

「運命」といえば、あの衝撃的な出だし故、今や世界一有名なクラシック音楽といえるが、実は交響曲としてオーケストラの中にピッコロ、コントラファゴット、そしてトロンボーンを加えた最初の曲である事は、意外と知られていない。

尤も交響曲以外では、例えば既にモーツァルト等がオペラでピッコロを用いたり、かの「レクィエム」でもトロンボーンにソロを与えたりしているが、交響曲としてはとにかくベートーヴェンが初めて。しかもこれらの楽器、曲の最初からは使わず、第4楽章まで引っ張ってようやく登場させている。

さて、この交響曲第5番に於いて、ベートーヴェンはどういう価値観を以てピッコロを使ったのだろうか?

この曲も終盤に差し掛かる頃に、音階で8回も駆け上がる華やかなソロがある。

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こういうのは楽器自体の、言ってみればネズミみたいな敏捷性を悉く活かしたオーケストレーションで、「流石だな」と思える例なのだが、ではこういう部分はどうか?

1024SCAN_0014この類のソロ(?)は他に何ヶ所もある。

ピッコロは記譜よりも1オクターヴ高い音が出るが、音量まで2倍になったりする訳ではない。特にこの辺りの音域は、どんなに頑張っても周りがフォルティシモだと殆どかき消されてしまい、客席で聴いていてもあまり存在感がない。なので何故こういう風に、或いは何故この音域で書いたのか、自分には甚だ疑問である。

もしかしたら別にソロという訳でもなく、かすかに聞こえる効果音的に書いたとも考えられるが、それにしてもこういう部分が多過ぎる。

察するに、当時まだ30代のベートーヴェンは、やはりこの曲においてまだピッコロは「お試し」で使っていたのではないか。音域と音量のバランスがまだ完全には把握できていなかったかも知れず、結果として「この部分は聞こえるけどこっちはあまり聞こえなかった」という事になった。まあこれはこれで、言うなれば実験終了チャンチャン。これで良いではないか。

ところが指揮者の中には、妙にこういう場面で「ピッコロ、もっと大きく!」とか言う奴がいる。まあ、そう言われれば仕事だから要求には普通に応えるが、そういう事を言う指揮者は大概二つの部類に分けられる。

一つは当時のベートーヴェンと同じくピッコロという楽器について、音域と記譜法以外は無知であるという事。もう一つは知っているのにワザと意地悪でいう奴。後者はタチが悪いが、奏者が若い場合などにはありがちなのだ。

自分も若かりし頃、某オケでデコッパチ頭のある外人指揮者に同じ意地悪を食らった。その時は必死で頑張ったものだったが、今あの状況を思い起こすと何だかアホらしい。

さてこの後、彼の交響曲でピッコロが登場するのは次の第6番「田園」と第九。流石はベートーヴェンさんで、今度はちゃんと聞こえるようなバランスで書いている(相変わらず出番は僅かなのだが)。


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