ブルックネルの第九交響曲

先週土曜日、藝大フィルハーモニアの前期定期演奏会にて、ブルックナーの交響曲第9番を演奏した。

とても有名な曲だが、我がGフィルがこの曲を演奏したのは、120年の歴史の中でまだたったの3回目だそうだ。

前回、即ち2回目の公演にも自分は乗っている。それは今から13年前、2002年の6月28日金曜日、指揮は故・若杉弘氏であった。

で、その前の1回目はというと、驚くべき事に戦前まで遡る。1936年2月15日土曜日。自分の父親がまだ1歳の頃。

これは何と、日本での初演だそうだ。当時の名称は「東京音楽学校管絃楽部」。地味なGフィルであるが、実は意外とNオケやTオケやよりも沢山の曲を日本初演している。まあ古さの桁が違うだけに「年の功」とでもいったところか。

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藝大の総合芸術アーカイブセンターには、その時のプログラムが所蔵されている。オケのメンバーもちゃんと記録されていて、どうやら人員が足りない分、海軍の軍楽隊員が25名助っ人として入っていたようだ。

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着目すべきはそのメンバーの名前だ。中には「えッ⁉︎」と目を疑うような方も。

ヴァイオリンには兎束先生・多先生・岩崎先生…と、自分の同期生達のかつての師匠の名が並んでいる。福井直弘先生は現在の武蔵野音楽大学の学長だった方だ。

一番驚いたのはチェロに岡野貞一氏。何とあの「ふるさと」の作曲者!? 既に声楽科の教授を退官している 時だが、こういう時代なのでチェロの椅子に座る事も大いに有り得る。

コントラバスの城多又兵衛(きたまたべえ)先生は、藝大附属高校の初代校長先生で、声楽やソルフェージュ本の解説も多く手掛けている。

フルートの山口正男氏は1926年(昭和元年)に東京音楽学校のフルート科を一番最初に卒業した方だ。

ファゴットの金子登先生は、後に藝大指揮科の先生となった方で、自分も高校生の時に一度お会いしている。その後数年で他界された。

…とまあ、今日の日本のクラシック音楽界を牽引し、多大なる影響を与えた人物が、この「ブルックネルの第九交響曲」を初演していた訳だ。他にも見る人が見れば「わ、凄い方」という名前が沢山あるのだろうと思う。

あれから79年。初演時は男性80名女性5名というオケだったのが、一昨日は男性37名女性48名という数字にも、ある意味時代の流れを感じる。


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