なぜ大学院に行くのか?

新年度。各大学では各講義の履修登録、オリエンテーション等、この時期ならでの行事が目白押しである。

G大では大学院音楽研究科の修士課程に於ける単位取得の為の選択科目の1つに「管弦楽実習」というのがある。これは早い話、ウチのGフィルにエキストラとして出演するという科目であり、年間最低1〜数回乗るだけで単位が貰える。

Gフィルのメンバーは、実はそういった院生を隣席から指導する立場でもあり、自分も入団してから今まで、90名以上もの笛吹きを輩出して来た。

秋頃になると、オケでしばしばこういう会話をエキストラの院生(2年生)と交わす。「ちゃんと今年で出られそう?」「いえ、今年は無理でしたァ」つまり2年間で規定の単位を取って大学院を修了できるかどうか?という会話なのだが、「無理」と答える最大の要因のひとつに修了論文がある。

2年間なんてあっという間に終わる。院生達はレッスンや講義のみならず、外部でのコンクール・オーディション・講習会等、そしてアルバイトなどにもに負われ、気づいたら論文のテーマさえ決まらず、もう1年持ち越しという事だ。尚、途中で留学による休学期間がない限り、在籍できるのは3年までだ。

そもそも何故大学院に行くのか?確かに音楽には「卒業」はなく、教育基本法で定められている4年間だけでは、なかなか満足に勉強できないという事もよく解る。実際、修士課程を終えたら、引き続き「博士後期課程」に進む学生もいる。

何らかの教育機関に就職したい場合などは、「学士」よりも「修士」「博士」の方が有利という事もあるだろう。

だが一方、「勉強を続けたい」という大義名分の裏で、取り敢えずまだ学生でいたいから院を受験するケースもあるようだ。しかしながら受験である以上、合格しなければ入れない。では落ちちゃったらどうするか?今度は「別科」というのを受けて、とにかく何とか授業料の範囲内でレッスンを受けられる期間(&学割も使える期間)を継続して、次回受験までの足掛かりにしていようという人もいるのだ。

この辺が他大学と大いに異なる点だ。普通大学だと3年次で就活を始め4年次中に内定、卒業したら即社会人というのが一般的だが、音大の場合は卒業しても専門実技が活かせる就職先なんて殆どない。フリーと言えば聞こえはまだ良いが、実質いきなりニートになる可能性大である。なので、とにかくこれを避けるべく「入院」したとしても、このように特に何を研究するでもないまま3年生になってしまう訳である。だから「入院」後、オケなどに就職できちゃったら、ちゃっかり中退するゲンキンな者もいたようだ。

じゃあ自分はどうだったか?学部を卒業したらすぐに近所の私立高校の非常勤講師として就職することができた。でもやはり専門実技を引き続き研究したいと思い、翌年度大学院に入り直した。親にはもう学費は出して貰えなかったので、引き続き週3日高校で働き、その給料を授業料に回して残り3日は院生として大学へ通っていた。

だがこの時とりわけ勉強になったのが、まさに自分がエキストラとして乗せて頂いた「管弦楽実習」だった。

当時フルート科の院生は、全学年でたった3名のみ。Gフィルのフルートの先生は2人。フルートは3管編成が多いので、そんな訳でほぼ毎週のように乗せて貰えた。第九のピッコロさえ経験できた。

元々、学部時とは違う師についてバッハや現代音楽を研究する、という目的で「入院」したが、結果的にこのようにオケを体験する機会の方が圧倒的に多かったのは、とても有意義であった。でもやはり学費が勿体無いので、いろいろな弊害がありながらも頑張って2年で修了。直後にオーディションに受かってそのままGフィルの正団員になってしまった。

因みに現在、フルート科の院生は毎年10名以上もいるので、昔程オケの乗り番は回って来ない。彼等は年間50万円以上もの授業料を払って、オケ以外では一体何を探究しているのか、いろいろ疑問である。だが先の90人余りの卒業生達は、その殆どがめでたくオケや学校に就職したり、音楽事務所に所属するなどして活躍しているようである。


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