同窓会 その1

今年は自分にとって同窓会の大当たり年である。「その1」とあるのは、「その2」「その3」があるからだ。

昨日はまず中学の同窓会があった。4年に1ぺん、サッカーW杯の年に開かれる事になっている。今回は4回目。

自分の学年は全体で約360名、9クラスあった。出席率は約20%。既に他界した人、連絡先不明な人等を引いた数の割合からすれば、ちょい少なめながらも、まあ妥当な人数といったところか。

一応卒業年度のクラス別にテーブルが設定されているが、時間が経つにつれ、アルコールが進むにつれ、その区別は適当になってくる。
クラスの枠を越えて、2年次、1年次、または小学校時代のクラスメイト同士で再会を喜び合ったりもするからだ。

 

ひとつ、興味深い事が解った。

自分にとって中学生活は、決していいものではなかった。具体的な事は省くが、毎日毎日嫌な事が沢山あった。勿論良い事も少しはあったが。

….な~んて思い出話になると、何と殆ど皆同じような事を言っている。「そうそう、ホント、ヤな毎日だったよね」と弾けたように話が盛り上がる。多分自分だけではなかったのだ。

もっと面白いのは、今回恩師が4人いらしていたが、その中のある先生は当時の新任だったこともあり、相当我々には苦労されられた的な思いが滲み出るご挨拶www。先生もだ。皆お互いに闘っていた毎日、という訳か。

中学時代なんて、そんなものなのだろう。そんな不安と挫折の日々を語り合い、そして近況を語り合い、労い合う….楽しくて気が付けばあっという間にお開きの時間となってしまった。

ところで、先のクラスの枠を越えて…という話だが、多分同じ部活の仲間同士でも盛り上がったことであろう。

だが自分は3年次では「帰宅部」だった。吹奏楽部は2年で辞めていた(関連記事)。
ただ、辞め方が割と唐突だった。部の皆には何の挨拶も報告も無しに辞めてしまった事は、実はこの約三十と数年間、ちょっと悔いが残っていた。

たまたま側に座っていた当時のクラリネットの女性にその話をしたら、「いいよ。私達皆湯本君の事情は解ってたから大丈夫だよ」と言ってくれたのには、そうだったのか…と、一瞬涙が出そうになったひと時も。いよいよ酔いが回ってきたか。

20140621
2〜3クラス毎に記念撮影。最前列が恩師。最後列の右端が自分。

 

一次会終了後、その勢いでそのままカラオケ二次会へ。職業柄静寂を好み、大音響のカラオケなんて絶対行かない自分だが、たまにはこういうのも面白いものだ。

気が付けば3年間一度も喋った事のない奴とかが居て(コイツ誰だ?)なんて思いながらも、同期生だったという事だけで細かい事は気にせず、お互い語り、歌いまくった。

因みにどんな曲を歌ったか?
森昌子、松田聖子位から始まって、演歌を経由し、「女々しくて」まで。自分が選んだのは「きよしのズンドコ節」。

ではまた4年後。

 


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