目から鱗の速度標語

久しぶりの更新である。

ま、何か更新しなきゃというPressureもある意味ストレスなので、無理にネタをほじくり出すことはしないつもりである。

が、そういえば過去の記事で「AllegroやAndante等はそれに対して速度標語と楽典では定義されているが、何もただテンポのみを表す言葉ではない。それについては、長くなるのでまた今度」と書いたのを思い出したので、今日はそれについてふれてみよう。

例えば、音楽之友社から出ている「新しい楽典」には…

「速度標語」=テンポの緩急を示す言葉として、次の代表的なイタリア語が揚げられる。

遅い順に

Grave=重々しく、遅く/一拍のテンポ40~44

Largo=幅広く、遅く/44~52

Lento=遅く/52~56

Adagio=遅く/58~60

Andante=歩くような速さで/63~72

Moderato=中くらいの速さで/80~104

Allegro=ほど良く快速に/126~138

Vivace=活発に/160~172

Presto=急速に/172~200

今、遅い順にと書いたが、この順番にせよメトロノームの数字にせよ、実はただ市販のメトロノームに打ってある記号に従っただけである(しかもメトロノームによって基準が全然違う)。

一体誰がこんな目安を設定したのか知らないが、この数字は殆どアテにならない。学習者はこのAllegro=126~138みたいな数字は絶対に信じるべきではない。

速度標語と実際のテンポとの関係については各種楽典本に書かれている通りだが、そんな事よりも着目すべきは、その伊語本来の意味なのだ。

実はこの話は、学生時代に師匠の川崎優先生に教わった事である。

「Allegroってのはただ『速い』んじゃないんだよ。伊語の辞書を見てご覧」

という訳で、実際にこれらの言葉を小学館の「伊和中辞典」で見てみると….

Grave=「1.重大な・酷い・耐え難い 2.重たい 3.どっしりした・重苦しい 4.真面目な・本気の…etc」

Largo=「1.幅広い 2.大きい・ゆったりとした 3.豊かな 4.気前の良い 5.理解のある…etc」

Lento=「1.のろい・緩慢な 2.たるんだ・締まりのない 3.乱れた…etc」

Adagio=「1.静かに 2.注意深く・慎重に…etc」

Andante=「1.平凡な・安物の 2.できの悪い 3.現行の・今の 4.途切れのない 5.気取らない・素直な…etc」

Moderato=「程良い・手頃な・穏和な・控えめな…etc」

Allegro=「1.陽気な・快活な 2.明るい・気持ちの良い 3.鮮やかな 4.淫らな・軽はずみの 5.呑気な・だらしない 6.ほろ酔いの」

Vivace=「1.活発な・元気の良い 2.鋭い 3.鮮明な…etc」

Presto=「1.すぐに・間もなく 2.急いで 3.容易に 4.朝早く…etc」

例えばAndante。そもそも歩く速さなんて人によって、気分によって違うのに、無理矢理メトロノームの数字を充てがってとり敢えず「やや遅く」で済ませてしまう。ところが、辞書によれば、アンダンテとは結構凡庸なイメージが混ざってくる。

また、同じ遅いテンポでもGraveは重苦しく、Adagioはわりと厳格なイメージ、逆にLentoにはユルいイメージ、そしてLargoには開放感さえ伴ってくる。どう「遅い」のかという違いが解ると、表現の幅が広がって実に面白い。Allegroに至っては思わず笑ってしまう程だ。

元々これらの楽語は、当然イタリア(人)の生活に普通に溶け込んでいるであろうから、それなりにニュアンスが違ってくるのは、当たり前の事であろう。

ただ、作曲家がそれらの言葉を本当に書き分けているかどうかは、一応別の話とする。

でも例えばヘンデルのアリア「樹木の蔭で」やドボルザークの「新世界」第2楽章はまさに指定通りの「Largo」な曲だし、ドビュッシーの「レントよりも遅く」なんてピアノ曲は(実際Lentoよりも速いが)ユルくて癒される曲である。モーツァルトのAllegroだって殆どが陽気な音楽。やっぱり考えている作曲家は考えて書いているのだ。

つまり、速度標語=発想標語でもあるのだが、この事について明確に触れている楽典本は残念ながらあまりない。我が家に楽典本は5冊あるが、唯一「究極の楽典」(青嶋広志著:全音楽譜出版社)にのみ、この事が解説されていた。

「な。だから、そんなに堅苦しく吹いちゃダメなんだよ。Allegroなんだからほろ酔い気分で吹いてみなさい」

とレッスンで言われ、上手く吹けない時はよく呑みに連れて行って下さった。まったく、つくづく素晴らしい師匠である。


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