指揮科修演&卒演を終えて

指揮科大学院生による修了演奏会、及び学部4年生による卒業演奏会が先週木曜日に終わった。

感想を言わせてもらうと、皆若いのにあんな難しい曲をよく間違えずに振れるものだ。流石は「ゲーダイシキカ」その点は実に感心している。ただ…

 

両方共レヴェル的にはあまり変わりがなかった。むしろ、後者の方がプログラミングも含めて魅力あるコンサートだった。

考えてみれば、これではあまり良くない。プログラミングはまあ仕方ないにしても、修演の方は学部を出て更に研鑽を積んだ結果の演奏なのだから、卒演よりも遥かに上手く振らなくては。

 

前にも書いたが、指揮というのはつくづく奥深い。では所謂巨匠達の棒が的確で解り易いかというと、全然そんな事はなく、無茶苦茶に振っているように見える人もいれば、全然やる気のなさそうにみえる名指揮者もいた。

 

それはさておき、たかだか20~30歳の卵達が数十人の大人のオケを振るなんてことは、所詮荒馬の手綱を握るようなものだから、テンポをしっかり示す事も大事だが、それ以上に自分が何を表現したいのかを身体全体で強くアピールしてほしいものだ。

彼等は多分スコアを必死に研究し、ここはこういう音形だからこう振る、とか音量のバランス調整とかを徹底的にアナリーゼして来るのだろう。それは勿論大切な事だが、そのスコアから迸る作曲家の魂の叫びみたいなものは何一つ汲み取らずに指揮台に登るようだ。

オケの方はもうその“魂”的な事は熟知している。仮に初めてやる曲でも何回か通せば、経験でどんな曲か解ってくる。それだけに、真ん中に突っ立っている人間に対して「もっとこうして欲しいのに」というフラストレーションがどんどん溜まって来るのだ。本番になるとそれが一気に爆発する。「君のことはともかく、僕等はこういう音楽をやりたいんだよ!」的な演奏。この盛り上がりを指揮者自身が「自分の棒のお蔭だ」と思っているかどうかは知らない。過去には完全に指揮の方が引っぱられていて、哀れなピエロ状態、というのもあった。

しかし、これでもGフィルは比較的大人しい。〇〇フィルとか〇〇響とか、外のプロオケはもっと怖いのだ。このレヴェルのまま彼等が社会に出て、万が一こういったオケを振るような事があったら…コテンパンにやられてもう二度と立ち直れないかも知れない。

 

まあ、まだ若いし、これは単なるスタートであり、皆これからなんだろうなとは思う。ただ…

 

この仕事を25年以上続けていると「あ、この子は大物になるな」とか「ならないな」とかは、吹いていて何となく先が見えるようになってきたかも知れない。

自分が入団してからこれまでに約50人がこの指揮台に立っているが、その後実際何処ぞのコンクールで入賞したとか、オケの常任指揮者や音楽監督とかで現在名前を聞くのは数える程しかいない。

世界的レヴェルでいえば、自分がオケに入る数年前に学生だった大野和士さん以来、止まっている(その大野さんも今や55歳位か)。

 

次は誰が出ててくるか?…少なくともこの間の指揮者ではなさそうだ。


カテゴリー: オーケストラ, コンサート, 感想・意見, 苦情・批判 タグ: , パーマリンク