ヤバい歯間ブラシ

歯の定期検診を受けて来た。かかりつけの歯科クリニックから半年に1ぺん案内ハガキが来るので、都合を見計らって足を運び、診断そしてクリーニングと続く。結果はまあ、いつも通り順調であった。が、今回は先生に一つ興味深いアドヴァイスを頂いた。

「時々左手で磨いてみて下さい」

曰く、あの濃いピンク色のテスターによると、利き手だけによる力の差が、磨き残しや歯垢に表れるとの事。なる程、利き手の右手で磨く場合、右の歯を磨く時にクルッと歯ブラシを裏返しに持ち替えるが、そうして磨くのと左手で普通に磨くのとでは、毛先の当たり方が微妙に違う。右側の歯だけではない、左側も前歯も、そして裏側もちょっと違う。

尤も、左手で磨くのは6年位前に右を怪我して以来のことで、なかなかぎこちないものだ。力加減も慣れなくて判らず、すぐ疲れてしまうので、まあ思い出した時に実践する程度にしておきたい。


さてところで、歯磨きの際に4種類のサイズの歯間ブラシを併用している自分だが、ある日、そのうちの一つ:Mサイズを切らしてしまったので、いつもの店にいつものメーカーのそれを買いに行った。

ところがどういう訳か、そのメーカーのMサイズだけが売り切れていた(他のサイズはきちんと揃っているのに、その時は何か不自然な品揃えだった)。自分はその「P〜」という商品がお気に入りだったのだが、そうそうその辺で手に入るような代物でもなく、少々ムカつきながらも、これを機会に別メーカーのMサイズを試しに買ってみることにした。

それは「L〜」という商品で、パッケージを見ると「歯科医院専用」とある。へぇ〜!と思って早速使ってみた。

得てして歯間ブラシは意外と値段が高い。P〜は1本単価だと120円位する。今回のL〜は更に130円位か。だがまあ、その分長く使えれば返って得かも知れないと思っていたのだが…

とんでもなかった!P〜の半分ももたなかった!このコスパの悪さに閉口したが、問題の根幹は実はそこではない。つまり、どういう状態を以て使えなくなるかということだが、P〜の歯間ブラシは殆どの場合、古くなると首がポキッと折れる。

ところがL〜はブラシの部分が減るのだ。

写真を見れば一目瞭然、1週間程でこんな骨だけの状態になる。では消えたブラシの毛先は何処へ行くのか?口をゆすいだ時に100%外に出せるかというと、多分そうではなかろう。つまりこの毛先、こんな科学物質が少しでも消化器系に、体内に入って行くのかと思うと気分最悪である。これ、本当に歯医者で使っているのか!?

歯の健康は保っても、消化器系に支障をきたしては元も子もない。そんな訳で慌ててこんな超ヤバい歯間ブラシは使用中止し、後日改めてP〜を買いに行った次第である。

ただ、このP〜も昔に比べて耐久性が悪くなった。特にMサイズやLサイズは、明らかに折れるまでの期間が3分の2位に短くなっている。歯間ブラシはブラシの部分が長い方が良いと思うが、数あるメーカーの中でもこのP〜は最も長い方だ。それだけに、こんな耐久性にセコい変化をつけないで頂きたいものである。


カテゴリー: 感想・意見, 楽器・機器・道具 | タグ: , , , , | コメントする

あれから1年/今だから話せるエピソード

湯本フルート教室の第4回アンサンブル発表会を明後日に控え、忙しい日々を送っているが、そういえば丁度1年前の今日はチリに居たのかと思うと、改めて月日の経つスピードの早さを実感する今日この頃である。

全行程の11日間中、4日間は飛行機または空港の中にいたという遠さだが、それ以外の7日間もとにかく『『『忙しい』』』というイメージしかなかった。仕事以外でも観光やお土産探し等の時間は、やはりどうしても「◯時までに」という制限があったし。

この演奏旅行の約5ヶ月後、昨年11月にこれの記念演奏会が奏楽堂にて開催された。その時、チリ公演参加者全員に頂いたのがこの立派な記念アルバム。

忙しさのあまり、それ程記憶にも留めていなかったが、これを開くと「ああ、こんなこともあったか」なんて懐かしい写真も。


さてとにかく1年が経ち、今だから言えるエピソードもあれこれ。

「もうワインはありません」
東京→パリの機内。あの窮屈な席に12時間も座ってじっとしているなんて、土台無理な話である。トイレに立つ際には洗面具・タオル・カメラ等いろんな物を携え、すぐには戻らないつもりで洗面所の手前の小さなスペースでオケの仲間や他の乗客と仲間と喋ったり寛いだり。

こんな美しい風景を窓越しに見ながら、言葉の通じないフランス人のオヤジと盛り上がったり。で、そこにはそんなお客がセルフで自由に飲食できる物が置いてある。その中でも嬉しいのはワインだ。エールフランスのワインは特に旨い。おかわりは客室乗務員さんに頼めばすぐ補充してくれる。補充してくれるが、所詮は機内、限りがある。最後には「もうこの飛行機にはお食事に出す分以外はありません」と軽く怒られてしまった。つまり殆どGフィルの男共が飲み干してしまった訳で。パリに到着した時、皆二日酔い状態だったのは言うまでもない。

コスタネラ・センターからメルケンが消えた
何日目かの昼食をレストラン「ホテル日本」にて摂っている時に「何これ美味しい」と話題になった七味唐辛子のようなふりかけ。聞けばチリにしかない「メルケン」という香辛料だそうで、早速買いに行こうという話。

とはいえ、初めての南米の地で何処をどう探せば良いのか判らず、差し当たってホテルの近くにあって、とりあえず安全そうなショッピングモールへ。それがこの首都サンティアゴで一番高いビル「コスタネラ・センター」だ。この話題は自分が聞くよりも随分前にGフィル中に広まり、自分が買いに行った時は既に品薄状態。そして自分も残っていたメルケンをカゴに入れて…という訳で、あの「AEON」並みに大きいスーパーなのに、ここにあるメルケンは一つ残らず全てGフィルのメンバーが買い占めてしまったのである。地元の人達は困ったかも知れない…。

コントラバスのプロフェッショナル達
オケの演奏旅行の悩みのタネの一つに、楽器の運搬の件がある。大きい楽器で自分のが使えるのは今回チェロまでで、大型打楽器とコントラバスは現地のそれを借りるという事だった。このシリーズ初日に指導した地元青少年オーケストラ「FOJI」の楽器を使ったそうだが、特に低音の大黒柱を務めるコントラバスがちょっとした話題になった。見た感じちょっと古そうだが、最も違うのは“音色”だ。普段はいつも下で「ゴーッ」となっているので気づかないが、よりによって今回はプログラムの1つ:松下先生の「飛天遊」でSoliがある。その音色が専門外の自分でさえ解る位特徴的なのだ。現地入りして最初のリハの時には正直「変わった音だなァ」と苦笑していたのだが…。
4人の奏者達は見事にその楽器を上手に弾きこなしていったようで、25日&27日の本番ではほぼ違和感なく聞こえた。特に27日の最終公演では実にいい音が響いていて、流石はGフィルが誇るプロのコンバス奏者達だな、と敬服した次第である。

記念アルバムより


やはり、忙しくも楽しく貴重な体験のチリ公演であった。

こんな懐かしい裏話、また思い出したらこの記事に書き足していこうと思う。


カテゴリー: コンサート, 思い出, 演奏会報告 | タグ: , , , , | コメントする

ノスタルジィ

春からずっと取り掛かっていた一連の作編曲を漸く終え、昨夜は気分を変えてジャズ・フルートのコンサートを聴きに行って来た。

ジャズフルート奏者:中川昌三氏は、実は自分が入団する前までGフィルに在籍していた方である。つまり彼が退団したその席に自分が納まったという訳だ。ということはそれまでクラシックとジャズの両方の畑で活躍していた訳で、これはとても凄いことなのである。

入れ替わりではあったものの、自分の大学院生時代にはエキストラとして(正確には『管弦楽実習』の履修生として)中川氏とはよく藝大オケでご一緒させて頂き、大変お世話になった。今の自分がオケプレイヤーとして生きていられるのは、彼のお蔭でもあるのだ。当時は前夜11時位までライヴをしていて、一旦茨城県牛久市(当時)にある自宅に帰り、翌朝9時半からオケのリハという日が続いていたそうだ。同時に芸大や芸高でも教えていて、もう想像を絶する多忙ぶりだった。そんな中でリリースされたソロアルバムはこのような理由でなのか、何とクラシックの名曲を元にしたナンバーだった。全部で4シリーズあり、記念すべき最初のアルバムLPは自分も買って持っている。

さて今回演奏したのはそれらからのピックアップで、とても楽しみにして行った。会場は南青山にある「ジマジン」という小さい店。フルート・ピアノ・ベース・ドラムのカルテットでアンコールも含めて10曲程演奏したか。主なプログラム(引用曲)は次の通り。

ブルグミュラー:25の練習曲より「スティリアの女」
マーラー:交響曲第5番より
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲より第1楽章
バッハ:G線上のアリア
ビゼー:カルメンよりジプシー・ダンス

実は彼は最近体調を崩されて暫く休養していて、今回はその「復活ライヴ」の一環ということで、初心に返ってこれらのナンバーを再演したそうだ。このシリーズをアレンジしたのはジャズピアニストの佐藤允彦氏であり(今回は石塚まみさん)「このアルバムは僕のというよりも佐藤さんのアルバムなんだよ」と発表当時中川さんは自分に話してくれたが、昨夜も全く同じことを仰っていた。

ではその当時と今日までにどの位の隔たりがあったか?何と30年ぶりなのである。もしかしたらお会いした事自体、30年ぶりかも知れない。大変ご無沙汰してしまった。そして中川氏は現在…そう、実は既に古希を越えているのだが、見た目は元より、その演奏はもの凄くパワフル且つ繊細で(本当に病気されてたのか!?)と思える位若々しかった。特に、目にも留まらぬアドリヴのテクニックには終始圧倒され、そして感動した。まさにこの写真の通りである。

つくづく不思議に思う。還暦を越えて、ただのロングトーンさえままならなくなってくるクラシックのフルート奏者達に時折遭遇するが、ジャズ・プレイヤーって何故こんなに元気なんだろう?中川氏にしてもI上氏にしても、絶対クラシックよりもキツイ筈なのに。皆思いっ切り人生をジャズで謳歌している。ジャズは若さを保つ秘訣なのかな…

そんな中川氏の一音一音、一言一言に自分は30年前のあの頃を重ね合わせて、ノスタルジックな気分に浸っていた。という訳で即ち、自分もGフィルに入団して間も無く満30年を迎えようとしている。とても楽しく、同時に中川昌三さんのヴァイタリティーと探求心を見習って、今後も精進していこうと、気の引き締まるライヴであった。


カテゴリー: 感想・意見 | タグ: , , | コメントする

リベンジ

ホール争奪戦 その2

あの“敗北の日”から早くも1ヶ月。埼玉会館の利用抽選会に“背水の陣”で出席。例によって60組程出席していたか。かなりの数である。

不正行為を阻止する為なのか、ここのシステムはつくづく慎重過ぎる位慎重だ。係員は整理券番号順に団体名を全て連呼し、抽選時には出た番号を一人ずつ連呼し、そして最後にもう一度どこが何番だったか連呼する。先月はそれにいちいち辟易していたが、結構これで会場全体が盛り上がって和やかになる面もあるようで、強ちそう悪くもないと今日は思った。

そして結論を先に言うと、今回は何と最高のクジ運であった!ほぼ何の障害もなくすんなり希望の日時が獲れたのである。

これらの作業が丁寧なのか鈍いのかよく判らないが、すんなり獲れたからといってすんなり帰れる訳ではないところが他のホールとは異なる点だ。諦めて途中棄権でもしない限り、全員の抽選が済むまで席で待っていなければならない。それまで暇といっては暇なので、何番の人が何処が獲れたか観察していた。

その結果、かなり遅い番号を引き当てたからといって、もう絶対獲れないという訳でもない事が解った。勿論真っ先に土日祝日から埋まって行くが、どういう訳か誰も目を付けない日曜日というのがかなり後まで残っていて、結局そこが獲れたのは35番以降の方であった。

つまり、先ず最初に何番を引き当てるかが運によるのは勿論だが、その後もまだ幸運不運は続くのである(考えてみれば、前回はつくづく不運であった)。

それに平日狙いや「絶対にこの日でなければ」というのでなければ、40番以降でも獲れる。極端な話、抽選会に出ずとも後日電話で申し込んでも、空いている場合だってあるだろう。それに〜これは確証はないが〜多分〇〇サークルや〇〇オーケストラ、〇〇合唱団等の集団なら複数が手分けしてあちこちのホールに散らばって抽選に参加し、他所で良い日にちが獲れたらキャンセルが発生する筈だ。なので大きそうな団体が比較的遅い順で抑えた日時はキャンセル待ちもアリかも知れない。

かくして、来年の湯本フルート教室の発表会が決まった。6月2日(日)埼玉会館小ホールにて。

前回までの会場(川口リリア催し広場)はステージが狭いので、出演者全員による合奏も諦めかけていたが、今度のステージは十分なスペースがある。また何か楽しい曲をアレンジしようと思う。


カテゴリー: 日常・趣味, 演奏会案内 | タグ: , , | コメントする

俗世から離れた空間

クロスクラブコンサート

久しぶりに足を運んだこの大田区久が原にあるこのサロン、この日は作曲家でピアニストのYさんによるソロリサイタルで、嘗ては自分も出演した事がある。この日はオーケストラの名曲、そして氏のオリジナル作品がそれぞれ数曲演奏された。

チャイコフスキー:バレエ音楽「眠りの森の美女」よりワルツ

誰もが一度は聞いた事のある大変有名なワルツであるが、その導入部の演奏には度肝を抜かされた。同じチャイコフスキーでも「白鳥の湖」第1幕のワルツのそれではないか。そのまま進むのだとしたら曲が違います調も違いますと指摘したいところだが、テーマからはさりげなく「眠り」に突入。Yさんはバレエというそもそもの踊りの概念から逸脱し、メロディーの横の流れを重視した弾き方でふわふわとした、また別の味わいのあるファンタジックな舞曲を披露して下さった。ふと、スウェーデン発の大型家具チェーン店内にあるレストランのメニューのひとつで、イチゴジャムとマッシュポテトが添えられたミートボールというディッシュがあるが、それを食べているような感覚に襲われた。

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界」より第2楽章

クロスクラブでは思い切り“昭和”が味わえる。何と足踏みオルガンがあるのだ。それも2台。メンテナンスはどうしているのだろう。今にも壊れそうな、木造校舎が目に浮かびそうな音色だ。Yさんはこれでこのアダージョを演奏するが、オルガンは発音に必要な空気圧を(現在はモーターだが)足踏みによる吹子で発生させるので、長く夢見るようなフレーズの中にもキコキコとペダルを上下する音が薄っすらと混ざる。優雅に進む白鳥が実は水面下で懸命に水かきを前後している様子を彷彿とさせるが、楽音よりもこの音が“昭和”には不可欠だ。自分は多分この木造校舎&足踏みオルガンの最後の世代だと思うが、間もなく平成さえ終わりを告げる昨今、曲や技術はともかく、このキコキコはとても貴重な鑑賞経験かも知れない。

ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜」


Yさんご本人作のイメージ画

この日のメイン・プロだった。3管編成の大オーケストラによるこの凄まじい交響詩をたった一台のピアノと10本の指で一体どのように再現するのか?この曲は自分も子供の頃から大好きで、当時冨田勲氏によるシンセサイザー版まで面白くて何度もLPを聴き返し、勿論オケでも演奏経験があるだけに、細部までいろいろ知っている。

終始動物のように聞き耳を立てていたその結果解った事は、やはりこれもYさんの解釈による独特の世界であって『ムソルグスキーの交響詩禿山の一夜』という曲として聴いてはいけないという事だ。冒頭のヴァイオリン群による細かい3連符は3連符でなくともその不吉な生温い微風の雰囲気が醸し出さればそれで良く、間もなく現れる低音群による魔王のテーマは敢えてトレモロにしてメロディーの輪郭よりもオドロオドロしさの方を優先している。

交響詩といえどもムソルグスキーは物語の進行と同時にしっかりとした楽式をこの曲に確立していて、これを原曲に忠実にピアノで再現することは出来なくはないが、出来たら出来たでただのスコアリーディングで終わってしまう。Yさんはリスト並みの超絶技巧の伴うこの曲のそういう所はサラッと躱してあくまでも『Y氏の禿山の一夜(ムソルグスキーの素材による)』として聴衆を引き込んで行ったのである。終わった後のお客さんの口をポカンと開けた表情も自分は見逃さなかった。全く見事としか言いようがない。

さてアンコールは「リクエストにお応えして…」と仰っていた。リクエストできるのか。自分も何かお願いすれば良かったかなァ、やはりこの曲の後だから同じムソルグスキーでも「展覧会の絵」の(如何にもYさんに合いそうな)「古城」あたりかなと思っていたら、何とフランク永井の「有楽町で逢いましょう」⁈お客さんは待ってましたとばかりに盛り上がり、中には演奏と一緒に歌う人も。ご年輩の方が8割程占め、まさにこの唄の世代だけあって、この日のコンサートで最もサロンが活気付く瞬間であった。

聞けばYさんは、若かりし頃にキャバレーでこういうBGMを弾くアルバイトをかなりされていたのだという。チャイコフスキーもムソルグスキーも禿山の夜明けと共にどっかに飛んでっちゃった感じだ。だが、たまにはこのサロンコンサートも、クラシックは全部飛ばしてこのような懐メロで統一して頂くのも楽しいかなと思うのである。

コンサートの休憩時間、そして終演後にはクラブクラブの中庭に出て、3本の大木(桜、アカシア、コブシ)が織りなす四季の移り変わりを愛でる事ができる。お客さんはこれらをとても楽しみにしているようである。この日は良く晴れて、日差しが暑かったが、爽やかな五月の風が緩く吹いていた。

Yさんご夫妻もお元気そうで何よりである。末永くご健康で過ごせますように。
都内ながらも俗世間から一瞬逃れられる空間。ホンマ是非また、行けたら行きたい。


カテゴリー: ソロ・アンサンブル, 感想・意見, 演奏会報告 | タグ: , , , | コメントする