湯本洋司リサイタル2017「弦楽器名曲集」のご案内

チケットご注文フォーム-2017年12月15日湯本洋司フルートリサイタル「弦楽器名曲集」

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藝大100年

30年前の今日11月27日、サントリーホールにてこんな本番があった。

「藝大開学100周年記念演奏会」という訳で、演目はシェーンベルク作曲のオラトリオ「グレの歌」。ご覧の通りもの凄い編成で、合唱は後部客席に陣取っている。指揮は故・若杉弘先生。芸大オケ(現在の藝大フィルハーモニア管弦楽団)がメインで、教員・学生・外部エキストラ、そして学生合唱が参加。自分も当時大学院生で3番ピッコロで乗っている。

実はこの本番の丁度1ヶ月前、自分は原付バイクで事故に遭い、顔の頬骨骨折という重傷を負って入院していた。だからこれに出るのは諦めていたのだが、この後自分でも驚く程のスピード回復で、リハ初日になんと間に合ってしまった。

11月の芸大は「合唱定期」という演奏会があるが、これは合唱付きオーケストラの演奏会のことであり、この年1987年は演目がこの「グレの歌」であった。春の定期演奏会では、フランスの巨匠ジャン・フルネ氏を招いてドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲、そしてベルリオーズの「幻想交響曲」という凄まじいプログラムで、同じくこのサントリーホールにて公演。その時も院生の自分はピッコロを吹いていた。

省みれば、当時団員でもなく増してや経験の少ない学生の分際で、100周年という大事なイヴェントの、しかもこんな大曲でソロだらけのこのパートを沢山任されたのは、とても光栄な事であった。が、裏を返せば、そうせざるを得ない大人の事情があった訳で、そんな事は当時の自分にもバレバレである。普通なら院生が事故ったなら何とかして他の団員もしくは外からエキストラを招んで賄うだろうに、それができないのは単にそれだけ人材不足だった訳だ。そう、人手不足ではなく人材不足。

この時から約10年後、自分は既にこのオーケストラの正団員となっていたが、同時に都内の別のオケの同じような“大人の事情”のお蔭で随分エキストラとして稼がせて貰った。現在このオケも当時の何倍も人材に恵まれているので、自分が乗る事はなくなったが。

さて話を戻すが、あれから30年って事は、今年は東京藝大創立130周年な訳で、来年1月には様々なイヴェントが予定されている。ただ、藝フィルでの出演予定はなく、いうなれば今夏のチリ公演と、今月9日に開催されたチリ公演記念演奏会がその一環として、という事か。

今後何回キリ番の年が来ても、G大にはかの立派な奏楽堂がある(100周年当時には今の建物は無かった)。ので、改修でもしない限り会場はここになるであろう。もし次にサントリーでやるとすれば、200周年ってところか(笑)自分は多分もう居ないが。


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せんこちゃんのかげおくり

作家:あまんきみこさんの書いた「ちいちゃんのかげおくり」という物語がある。

太平洋戦争末期(だと思うが)1人の小さな女の子が空襲で家を焼かれ家族と離ればなれになり、やがては死んでしまうという悲しい話で、現在は小学校3年次の国語の教材にもなっている。自分が小学生の時はしかしまだ教科書には載っていなかったので、この話の存在を知ったのは割と最近である。

とにかく、なんて悲しい物語なんだろうと感動し、是非これをナレーション付きの音楽物語として発表したいと、フルートアンサンブルとピアノという編成で作曲したのは一昨年の秋の事。

そして先月9月にこれを披露した。ナレーションは女優の熊本野映さんにお願いして、その素晴らしい語り口に会場は感動の渦に包まれた。

この「かげおくり」というのは、自分の影をじっと見つめてからパッと上を見ると青い空にそれが浮かび上がる…という目の残像現象をうまく利用した遊びであるが、原作者のあまんきみこさんは、元々それを「なみこちゃんのかげおくり」「ちいちゃんのかげおくり」「せんこちゃんのかげおくり」と親子3代に渡る影送りとして書くつもりだったそうだ

「なみこちゃん」と呼ばれていたおばあちゃんが孫のせんこちゃんに楽しかった影送りの思い出話をし、そして「なみこちゃん」の娘の「ちいちゃん」も娘のせんこちゃんに、今度は怖い戦争時代の影送りの話を聞かせる、そんな構想だったそうである。

ところが、物語を書くうちにちいちゃんが死んでしまい、「なみこちゃん」「せんこちゃん」まで話が回らなくなってしまった。あまんさんはこの後書き直しをしてみたが、願いも虚しくやはりちいちゃんは空に行ったきり戻らなかったと言う。

作品とは幾ら自分が書いているものだとしても、このように意思に反して違う方向に行ってしまうものということは、ある意味作曲の世界でも有り得る。結局この物語は「ちいちゃんのかげおくり」のみとなって、「なみこちゃん」「せんこちゃん」は埋葬せざるをえなかったそうだ。

今となって思えば、自分が書いたこの音楽物語の陰に、結局影送りという遊びができなかった「せんこちゃん」の無念が感じられてならない。

もし「せんこちゃん」が影送りで遊べたなら、その空はもう爆弾も焼夷弾も落ちてこない平和な空だとは思うが、ただもしかしたら….、高度経済成長の煽りでちょっと排ガスにまみれた空だったかも知れないな、なんて皮肉めいた想像もしたりするのである。


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思い過ごし?

先週の日曜日に声楽の発表会の伴奏をし、その中で木下牧子さん作曲の「竹とんぼに」という歌曲があった。

これを弾いていて「あれ?」と思ったのだが、前奏部分で出てくる16分音符の形

竹とんぼを飛ばす時は、両手で軸を挟んでクルクル助走をつけてパッと離す…

この部分を弾いてみるとその時の両手の動きが妙に似ているのだ。あたかも竹とんぼの如く音符も上に上がって行く…

とても上手い表現で敬服したのだが、さてご本人はやはりこれを意識して書いたのだろうか?


ところで話は変わり、今月初めのアマチュアのフルートアンサンブルの定期演奏会用に自分は「星空紀行」というメドレーを編曲した。

ここでは星座や星雲等の並びをそのまま音符の形に当てはめた部分があちこちに出て来る。例えば次のような感じ…

オリオン座

カシオペア座

北斗七星

天の川と織姫&彦星

 

勿論これらは実際に音にしたところで、そうそう聴き手に「あ、オリオン座だ!」とか伝わるものでもなく、いわば作り手と演奏者との間で理解し合うのみの面白味というところか。

しかしそんな作業をしていて、これまた「あれ?」と思った事だが、このメドレーの3曲目に引用したあの「星に願いを」の部分で北斗七星の音列を当てはめようとしたら、何とこのメインメロディ自体が北斗七星の音列になっているではないか。

この曲は言わずと知れたディズニー映画「ピノキオ」の挿入曲だが、作曲者のハーライン氏は果たしてこれを最初っから意識していたのだろうか。


この北斗七星といい、先の竹とんぼといい、自分としては偶然の大発見なのだが…まあ思い過ごしにしても面白い解釈ではないかと、ほくそ笑む次第である。


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地味な記念日

昔「自分は今まで一体何日生きてきたんだろう?」とふと思いついて、計算してみたことがある。そうするとこれまで1,000日目、5,000日目、10,000日目〜というキリのいい日がある訳で…。

1,000日目はまだ2歳の9月3日だったから、勿論日記も記憶も残っていない。ところが5,000日目というと、もう現在に至る日記に記録が残っている。当然のことながら「X,000日目」なんてのは、当時全然意識していない訳で、その日自分は一体何をしていたのか・・・?読み返してみた。

5,000日目=1976年9月15日(満13歳)。『今日は敬老の日である。別に変わった事もなかった。フルートもピアノも勉強もやり、エビガニの水の取りかえや自転車掃除もした。テープも聞いた。レコードも聞いた。すべて時間を有効に使えた。』←自分の進路を音楽方面に決めた頃であろう。

10,000日目=1990年5月25日(満27歳)。『ヘインズの楽器について、他のヘインズは一体どんな具合なんだろうと思い、『ダク』(←楽器屋)に行ってみた。最近作られているヘインズをまず見てがく然とした。歌口の昔との違いはわざわざ吹かなくてもわかる。(・・・後略・・・)』←今の自分の愛器を買う直前の心の葛藤を切々と綴っていた。

15,000日目=2004年2月1日(満41歳)。『(・・・前略・・・)夜は久々にウォーキングができた。ウォーキングの為にはいろいろ条件が必要と思っていたが、要はやる気と時間だ。うっすらと汗をかいてなかなか気分も良かった。でも次はいつできるだろうか。バイク通勤の身としてはもっと沢山歩かねばならないとは思うが。』←この後間も無くしてスポーツジムに通い出し、当時の肥満体質から抜け出すことができた。

…当時は暇だったのか、これらの月日を緻密に算出したものだったが、現在は自分の生年月日を入力すると、たちどころにそれから今何日経っているか、或いは何時間、何秒生きているかが判る面白いアプリがあるのだ。
そしてそれによると、今日2017年9月10日は自分が生まれてから丁度20,000日目だそうだ

この記念すべき2万日目には実はリサイタルでも開こうかと思っていたのだが、現実問題として、ホールをおさえるのは1年前からだし、そうなるとオケや他とのスケジュール等、いきなりいろいろ不都合が出てくる。そもそも本当に今日が2万日目と判ったのは、実は今年に入ってからだし。

そんな訳で結局今日は何をしていたか?レッスンをしていた。そして夜は家族でちょっと乾杯。まあ考えようによっては一番記念日らしい生活とも言える。

さて、詳細は判らないが、次の25,000目は多分自分は70歳前、そして30,000日目は83歳前後の頃である。まさかこの日もあっという間に来るのだろうか!?

でもこの日も、こんな風に同じようなブログ記事が書ける事が、差し当たって理想である。


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