湯本洋司リサイタル2017「弦楽器名曲集」のご案内

チケットご注文フォーム-2017年12月15日湯本洋司フルートリサイタル「弦楽器名曲集」

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思い過ごし?

先週の日曜日に声楽の発表会の伴奏をし、その中で木下牧子さん作曲の「竹とんぼに」という歌曲があった。

これを弾いていて「あれ?」と思ったのだが、前奏部分で出てくる16分音符の形

竹とんぼを飛ばす時は、両手で軸を挟んでクルクル助走をつけてパッと離す…

この部分を弾いてみるとその時の両手の動きが妙に似ているのだ。あたかも竹とんぼの如く音符も上に上がって行く…

とても上手い表現で敬服したのだが、さてご本人はやはりこれを意識して書いたのだろうか?


ところで話は変わり、今月初めのアマチュアのフルートアンサンブルの定期演奏会用に自分は「星空紀行」というメドレーを編曲した。

ここでは星座や星雲等の並びをそのまま音符の形に当てはめた部分があちこちに出て来る。例えば次のような感じ…

オリオン座

カシオペア座

北斗七星

天の川と織姫&彦星

 

勿論これらは実際に音にしたところで、そうそう聴き手に「あ、オリオン座だ!」とか伝わるものでもなく、いわば作り手と演奏者との間で理解し合うのみの面白味というところか。

しかしそんな作業をしていて、これまた「あれ?」と思った事だが、このメドレーの3曲目に引用したあの「星に願いを」の部分で北斗七星の音列を当てはめようとしたら、何とこのメインメロディ自体が北斗七星の音列になっているではないか。

この曲は言わずと知れたディズニー映画「ピノキオ」の挿入曲だが、作曲者のハーライン氏は果たしてこれを最初っから意識していたのだろうか。


この北斗七星といい、先の竹とんぼといい、自分としては偶然の大発見なのだが…まあ思い過ごしにしても面白い解釈ではないかと、ほくそ笑む次第である。


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地味な記念日

昔「自分は今まで一体何日生きてきたんだろう?」とふと思いついて、計算してみたことがある。そうするとこれまで1,000日目、5,000日目、10,000日目〜というキリのいい日がある訳で…。

1,000日目はまだ2歳の9月3日だったから、勿論日記も記憶も残っていない。ところが5,000日目というと、もう現在に至る日記に記録が残っている。当然のことながら「X,000日目」なんてのは、当時全然意識していない訳で、その日自分は一体何をしていたのか・・・?読み返してみた。

5,000日目=1976年9月15日(満13歳)。『今日は敬老の日である。別に変わった事もなかった。フルートもピアノも勉強もやり、エビガニの水の取りかえや自転車掃除もした。テープも聞いた。レコードも聞いた。すべて時間を有効に使えた。』←自分の進路を音楽方面に決めた頃であろう。

10,000日目=1990年5月25日(満27歳)。『ヘインズの楽器について、他のヘインズは一体どんな具合なんだろうと思い、『ダク』(←楽器屋)に行ってみた。最近作られているヘインズをまず見てがく然とした。歌口の昔との違いはわざわざ吹かなくてもわかる。(・・・後略・・・)』←今の自分の愛器を買う直前の心の葛藤を切々と綴っていた。

15,000日目=2004年2月1日(満41歳)。『(・・・前略・・・)夜は久々にウォーキングができた。ウォーキングの為にはいろいろ条件が必要と思っていたが、要はやる気と時間だ。うっすらと汗をかいてなかなか気分も良かった。でも次はいつできるだろうか。バイク通勤の身としてはもっと沢山歩かねばならないとは思うが。』←この後間も無くしてスポーツジムに通い出し、当時の肥満体質から抜け出すことができた。

…当時は暇だったのか、これらの月日を緻密に算出したものだったが、現在は自分の生年月日を入力すると、たちどころにそれから今何日経っているか、或いは何時間、何秒生きているかが判る面白いアプリがあるのだ。
そしてそれによると、今日2017年9月10日は自分が生まれてから丁度20,000日目だそうだ

この記念すべき2万日目には実はリサイタルでも開こうかと思っていたのだが、現実問題として、ホールをおさえるのは1年前からだし、そうなるとオケや他とのスケジュール等、いきなりいろいろ不都合が出てくる。そもそも本当に今日が2万日目と判ったのは、実は今年に入ってからだし。

そんな訳で結局今日は何をしていたか?レッスンをしていた。そして夜は家族でちょっと乾杯。まあ考えようによっては一番記念日らしい生活とも言える。

さて、詳細は判らないが、次の25,000目は多分自分は70歳前、そして30,000日目は83歳前後の頃である。まさかこの日もあっという間に来るのだろうか!?

でもこの日も、こんな風に同じようなブログ記事が書ける事が、差し当たって理想である。


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中川家

大変珍しく、お笑いのライヴを観に行って来た。新宿はルミネ吉本にて開催の「中川家の特大寄席2017」で、いやはやもう~顔が痛くなる程の大笑いであった。

お笑いのブームといえば、自分にとっては今日まで3つ位の波があったか?

最初は1970年代位?クレイジーキャッツ・てんぷくトリオ・レッツゴー三匹・渥美清・フランキーそしてドリフターズあたりに大ウケしていた。

10年程経って1980年~次にかのツービート・オール阪神巨人・B&B・ザぼんち・明石家さんま・片岡鶴太郎あたり。

そしてまた20年、現在の芸人ブーム。M-1R-1グランプリでいろいろ出てくる人達。中川家は2001年に第1M-1で優勝した2人だ。

実は自分はこういったお笑いが大好きだ。なので逆に中途半端に面白いんだか何だか判らないのには絶対笑わない。今のお笑いは割とそんな感じだ。昔は全員面白かったのに。

なので周りが笑っていても易々とそれに乗らない自分は、例えばオケなんかでは割と怖い人に映っているかも知れない。要するに笑いのツボが結構深い自分だが、逆に変なところでハマって、自分だけ可笑しくてたまらない事もある。

で、話を中川家に戻すが、この日のライヴは大きく4部構成になっていて、第1部は普通の漫才。第2部は「スーパーマーケット」を舞台としたコントネタ。第3部はショートコントが8連発程。そして最後はまさにその「M-1グランプリ予選会」を舞台としたコント。そのどれもがとにかく面白い。休憩は無いが、各部の間に会場の両脇にあるスクリーンにちょっとした街頭インタビューが映し出される。この編集がまた色々と可笑しかった。

まあ、何処が何故どう面白いかなんて論じても仕方ないが、ひとつ言えるのはお客さんの気持ちや空気といったもの瞬時に感じ取り、サッと切り返していくその進めっぷり、アレは才能だと思う。だから笑いのポイントがこちらとぴったり合うから、何だか大笑いした後スッキリするのだ。それこそ昔のツービートやドリフに大ウケしたあの感覚。ふと見回すと自分と同年代のお客さんがかなり沢山いた。やはりそうか…と思う。

ちなみにこのチケット代は3,500円。自分のも含めて、巷でよくあるリサイタルとほぼ同じ額ではないか。時間もぴったり2時間。音楽会と比べるのも変だが、いろいろ考えるとやっぱり割安だった思う。

夏の暑さと日頃のストレスを吹き飛ばす、とても有意義なひとときであった。


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戦歿者追悼式2017

吹奏楽関係の仕事も一足早く終わり(教えている学校は今年は上に行けなかった)、ひと息ついたところで、今日はお馴染みの日本武道館へ。恒例:藝フィルでのBGM演奏だ。例年ならカンカン照りの太陽の下「あぢぃ〜」なんて言いながら行くのに、今日は珍しく雨。いつもより涼しいとはいえ、やはり控え室に入った時は蒸し暑くて汗だくだ。

田安門の所で何かやけに報道陣が多いなと思ったら、そのカメラのターゲットは1人の車椅子に乗せられたお婆さんだった。TVのディレクターらしき人が「ハイ、サイコーレー入ります」とか無線で話していたので、どうやらこの方は遺族の中でも最高齢の人らしい。一体おいくつなんだろう?一番歳とってるってだけでこんなに話題になるということは、それだけ周りの同世代のご遺族が減っているってことだ。

本当に毎年毎年、判で押したように同じようなスケジュールで同じ曲をやって帰る藝フィルだが、ふと気づくと周りの人達が替わってきている。全国から集まってくるご遺族の方々…遺族といっても、その亡くなられた方との関係は配偶者、子供、孫、甥姪…いろいろであろう。配偶者は元より、その子供に当たる方々だって終戦から72年も経つと既に高齢である。亡くなってしまったり、身体が辛どかったり、その理由はいろいろあるだろうが、とにかく確実に出席者数は減ってきている。現に今回、遺族代表として追悼の辞を述べた方は、戦死した人の息子であるが、もう83歳だそうだ。

となると、8月15日に必ずここに来ている人は、この中で一体どれ位いるだろうか?よくよく考えてみると自分は意外と古い方かも知れない。

自分がこのBGM演奏に初めて参加したのは1986年。この31年間、今日に至るまで降り番だったのはたったの5回程。その間総理大臣はバンバン変わるし、指揮者もよく変わるし、周りのオケのメンバーだって世代交代があってもう自分より若くなっているし、何より陛下さえ「昭和」から「平成」に変わってる訳だし。

そのうち一番沢山ここに来ている人ってことで、カメラのターゲットが自分になるのでは、、、と言いたいところだが、実はオケの中には自分よりも更に上が4人もいるのである。その人達が“卒業”しない限り、それは自分には有り得ない。

そして将来、確実にこの戦争の体験者はいなくなる。既に凄惨な記憶が薄れつつある日本であるが、くれぐれもこんな悲劇はもう二度と繰り返されることのないよう、願っている。


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